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不思議の国のアリス 第10回:にせウミガメの話

第9章のあらすじ

クロッケー場から離れたあと、アリスは、公爵夫人に再会します。夫人は、台所で見せた乱暴な態度とは打って変わって、とても上機嫌で、アリスの腕に、自分の腕をからめてきます。アリスは、自分を気に入ってくれたのは、台所の胡椒のせいで、機嫌が悪かっただけだったのかもしれない、と考えます。そして、「もし私が公爵夫人になったら、台所には、胡椒を一切置かないわ」と、心に決めます。

ただ、夫人は、アリスのすぐそばに寄り添い、尖った顎を、アリスの肩に乗せてきます。アリスは、不快に思いますが、失礼になるので、我慢しています。夫人は、何を話しても、すべてに「教訓」を見つけ出そうとします。この章の前半は、公爵夫人の、教訓の連発が、中心になっています。

「すべてのことには、教訓がある」

公爵夫人は、アリスが考えこんでいると、「何かを考えているのね。そのうち、その教訓を教えてあげる」と言い、のちに、《Everything’s got a moral, if only you can find it》と語ります。これは、「すべてのことには教訓がある、見つけられさえすれば」という意味です。そして、実際に、手当たり次第に、こじつけの教訓を並べます。

そのうちの一つが、「意味(センス)に気をつければ、音(サウンド)は、ひとりでに、うまくいく」というものです。これは、「ペンスに気をつければ、ポンドはひとりでに貯まる」という、倹約を勧めることわざの、もじりです。「センス」と「ペンス」、「サウンド」と「ポンド」という、似た音の言葉を入れ替えて、ことわざを、滑稽な形にしています。ヴィクトリア朝の子どもたちは、道徳的な格言を、繰り返し聞かされていましたが、公爵夫人は、その大人の態度を、極端にまで押し進めた存在です。

女王の登場と、公爵夫人の逃走

そこへ、突然、ハートの女王が現れます。女王は、腕を組んで仁王立ちし、嵐のように険しい顔をしています。そして、公爵夫人に向かって、「いいか、今ここで、警告をしてやる。おまえか、おまえの首か、どちらかが、あっという間に消えることになる。どちらを選ぶのか」と、言い放ちます。公爵夫人は、あっという間に姿を消してしまいました。

女王は、アリスに向かって、「さあ、ゲームを続けよう」と言います。アリスは、怖くなって、何も言えず、ゆっくりとついていきます。クロッケー場に戻ると、ほかの客たちは、木陰で休んでいました。しかし、女王の姿を見ると、全員が慌てて、ゲームに戻りました。女王は、ゲームの最中に、少しでも、もたつく者がいると、即座に、「死刑」を宣告します。しばらくすると、プレーヤーは、王と女王とアリスの三人以外、全員が、兵士に連行されていきました。

グリフォンとにせウミガメ

女王は、息を切らしながら、アリスに尋ねます。「にせウミガメには、もう会ったか?」と。アリスは、「いいえ。にせウミガメというのが、何なのかも、知りません」と答えます。女王は、「にせウミガメのスープの材料だ」と、説明します。にせウミガメのスープは、実在の料理で、本物のウミガメのスープの代用品として、仔牛の頭などで作られた、ヴィクトリア朝時代の料理です。この説明が、「にせウミガメ」という生き物の、そもそもの意味を示しています。

女王は、アリスを、グリフォンに預けます。グリフォンは、ワシの頭と翼、ライオンの体を持つ、神話上の生き物です。地面に寝そべって、日向ぼっこをしていました。グリフォンは、アリスを連れて、にせウミガメのいる場所へ向かいます。女王は、「処刑を命じた者たちの様子を見に行かなければ」と言い残して、去っていきました。グリフォンが、くすくす笑い出したので、アリスが、「何がおかしいの」と尋ねると、グリフォンは、《It’s all her fancy》、「あれは、すべて女王の空想さ。誰も、処刑されたりはしないんだ」と、答えます。第8章で描かれた、女王の処刑命令が、実際には、実行されていないことが、ここではっきりと確認されます。

海の学校の科目

にせウミガメは、岩棚に座って、悲しそうにすすり泣いていました。グリフォンは、「あれは、すべて、あいつの空想なんだ。本当は、悲しみなんて、ないのさ」と言います。アリスが話しかけると、にせウミガメは、ため息をついて、「昔は、本物のウミガメだったんだ」と、語り始めます。そして、海の中の学校で、勉強した日々のことを、語ります。

先生は、年老いた「リクガメ(トータス)」でした。生徒たちが、「なぜ、トータス(陸亀)と呼ぶのか」と尋ねると、「私たちを教えてくれた(トート・アス)からだ」と、答えます。これも、音を使った駄洒落です。科目は、「リーリングとライジング(ぐるぐる回ることと、もがくこと)」から始まり、算術には、「野心(アンビション)」、「気晴らし(ディストラクション)」、「醜くすること(アグリフィケーション)」、「あざけり(デリジョン)」があります。これらは、足し算、引き算、掛け算、割り算を、それぞれもじった言葉です。

学校教育のパロディ

ほかにも、「謎学(ミステリー)の古代と現代」、「海洋学(シーオグラフィー)」など、さまざまな科目が並びます。絵の授業は、年老いたアナゴが、週に一度やってきて、「ドローリング(ゆっくり話すこと)」、「ストレッチング(伸ばすこと)」、「渦巻き状に気絶すること(フェインティング・イン・コイルズ)」を教えます。これらは、素描、スケッチ、油絵の、もじりです。ラテン語とギリシャ語は、「笑いと悲しみ(ラフィング・アンド・グリーフ)」とされています。

アリスが、「一日に何時間、授業があったの」と尋ねると、にせウミガメは、「初日は十時間、次の日は九時間、というふうに」と、答えます。アリスが、「変な決まりね」と言うと、グリフォンは、「だから、レッスン(授業)と呼ぶんだ。日ごとに、レス(減る)からね」と、言います。この駄洒落は、この作品の中でも、特によく知られています。学校の授業内容が、言葉の遊びとして崩されることで、子どもの目から見た「学校」への、軽い皮肉が込められています。また、請求書の話では、「フランス語と音楽と洗濯は、別料金」という、当時の寄宿学校の費用の書き方も、さりげなく取り入れられています。

小説を書く人にとっての学び

この章から学べるのは、「社会の制度を、言葉遊びで描き直す」手法です。学校という、誰もが経験した制度を、日常の言葉の置き換えだけで、別の世界に変えています。読者は、元の制度を知っているからこそ、置き換えの面白さに気づくのです。身近な題材を、少しずらして描くことが、独創的な笑いを生み出す近道になります。

また、悲しんでいるはずのキャラクターが、実は、「空想の悲しみ」であると、周囲に指摘される場面も、巧みです。登場人物の感情に、疑いを差しはさむことで、物語は、単純な悲劇にも、単純な喜劇にもならず、独特の味わいを生んでいます。次回は、にせウミガメとグリフォンが、ロブスターのダンスを教える、第10章を読みます。

参考文献

Lewis Carroll, Alice’s Adventures in Wonderland, Macmillan, 1865(原文。Project Gutenberg: https://www.gutenberg.org/ebooks/11)

マーティン・ガードナー(注)、高山宏(訳)『詳注アリス 完全決定版』亜紀書房、2019年

Martin Gardner (ed.), The Annotated Alice: The Definitive Edition, W. W. Norton, 2000

Morton N. Cohen, Lewis Carroll: A Biography, Macmillan, 1995

ルイス・キャロル(作)、河合祥一郎(訳)『新訳 不思議の国のアリス』角川文庫、2010年