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不思議の国のアリス 第13回:アリスの証言と結末

最終章のあらすじ

「アリス!」と呼ばれたアリスは、「はい!」と、思わず叫んで、勢いよく立ち上がります。このとき、アリスは、自分がどれほど大きくなったのかを、すっかり忘れていました。立ち上がった拍子に、スカートの端が、陪審員席に引っかかって、席を、ひっくり返してしまいます。陪審員たちは、観客の頭の上に、転げ落ち、あちこちに散らばって、ばたばたともがいています。アリスは、先週、うっかりひっくり返してしまった、金魚鉢のことを、思い出します。

アリスは、慌てて、「ごめんなさい」と謝りながら、陪審員を一匹ずつ、席に戻し始めます。ところが、王様は、「全員が席に戻るまでは、裁判を続けられない。全員だ」と、アリスの顔を、じっと見ながら、強調します。アリスは、トカゲのビルが、さかさまに、置かれていることに気づき、きちんと座らせます。陪審員たちは、衝撃から立ち直ると、石板と鉛筆を探して、事故の経緯を、熱心に記録し始めました。

「規則第四十二条」

王様が、アリスに、「この事件について、何を知っているか」と尋ねます。アリスは、「何も」と答えます。王様は、「全く何も?」と聞き返し、アリスは、「全く何も」と答えます。王様は、陪審員に向かって、「それは重要だ」と言いかけ、白うさぎが、「重要でない、という意味です」と、訂正します。王様は、「重要でない、もちろん、重要でないという意味だ」と言い直し、小声で「重要、重要でない、重要でない、重要」と、つぶやき、どちらの言葉の響きが良いかを、確かめています。

そのあと、王様は、手帳に何かを書き込み、「規則第四十二条。身長一マイル(約1.6キロ)を超える者は、法廷を出るべし」と、大声で読み上げます。皆が、アリスを見ます。アリスは、「私の背は、一マイルもありません」と言い返します。王様が、「ある」と言い、女王が、「ほぼ二マイルある」と付け加えます。アリスは、「とにかく、私は出ていきません。それは、正式な規則ではないでしょう。今、あなたが作ったのだわ」と、反論します。王様は、「それは、本の中で最も古い規則だ」と、答えます。アリスは、「それなら、第一条のはずよ」と、言い返しました。

証拠の手紙と、でたらめな詩

白うさぎが、「陛下、新たな証拠が見つかりました。この紙が、たった今、拾われました」と、報告します。「宛名は?」と、王様が尋ねます。「宛名は、ありません。外側には、何も書かれていません」。王様は、「囚人が、誰かに宛てて書いた手紙に違いない。誰にも宛てなかったのでなければ。それは、普通のことではないからな」と、推理します。紙を広げると、それは、手紙ではなく、詩でした。

「囚人の筆跡ですか」と、王様が尋ねると、白うさぎは、「いいえ、違います。それが、一番不思議なことです」と答えます。ジャックは、「私が書いたのではありません。それに、署名もないでしょう」と、主張します。王様は、「署名をしなかったなら、事態は、さらに悪い。悪意があったからこそ、署名を避けたのだ。誠実な人間なら、名前を書くはずだ」と、言い放ちます。アリスは、「それは、証拠になりません。そもそも、詩の内容も、分かっていないでしょう」と、反論します。詩は、「彼らは、私に、あなたが彼女のところへ行ったと言った」という、一見、意味ありげなものでした。

「意味がなければ、手間が省ける」

白うさぎが、眼鏡をかけて、「どこから読み始めましょうか、陛下」と尋ねます。王様は、重々しく、《Begin at the beginning》、つまり「始まりから始めて、終わりまで読み、そこで止まれ」と答えます。この言葉は、文章を書く人への、簡潔な助言としても、よく引用されています。詩が読まれたあと、アリスは、「この詩には、意味が、ひとかけらもないと思うわ」と、言います。

王様は、「意味がなければ、手間が、大いに省けるな。探す必要がないのだから」と、答えます。しかし、そのあと、詩を指でなぞりながら、「それでも、いくらかの意味が、見える気がする」と、言い出します。そして、「(あなたは泳げないと言った)……おまえは泳げないだろう?」と、ジャックに尋ねます。ジャックは、「そう見えますか」と、悲しげに答えます。ジャックは、全身が、厚紙でできているため、確かに泳げそうにありません。王様の「解釈」は、都合のよい読み方を重ねた、でたらめなものです。この場面は、文章の読解が、どれほど恣意的になりうるかを、風刺的に描いています。

「判決が先、評決は後」

しびれを切らした王様が、「陪審員は、評決を考えよ」と言います。この言葉は、この日の裁判で、二十回目くらいになる、と作中でも語られています。すると、女王が、「だめ、だめ!」と叫びます。原文では、《Sentence first—verdict afterwards》、つまり「判決が先、評決はあと」と、言い放つのです。裁判の手順を、完全に逆転させた、不条理な主張です。

アリスは、大声で、「ばかげているわ!」と叫びます。女王は、顔を紫色にして、「黙れ」と言い、アリスは、「いやよ」と、言い返します。女王は、「この者の首をはねよ」と、叫びますが、誰も動きません。アリスは、このときまでに、元の大きさになっていました。そして、堂々と、「あなたたちなんか、誰が気にするものですか。ただのトランプの束じゃない」と、言い放ちます。

夢の終わり

その言葉を聞いた途端、トランプの束が、いっせいに宙に舞い上がり、アリスに向かって、降りかかってきます。アリスは、恐怖と怒りの混じった、小さな悲鳴をあげて、手で払いのけようとします。すると、気づいたときには、川辺の土手に横たわっていました。頭は、姉の膝の上にあります。姉は、アリスの顔に、木々から舞い落ちた、枯れ葉を、優しく払いのけていました。

「起きなさい、アリス。ずいぶん長く眠っていたのね」と、姉は声をかけます。アリスは、「すごく不思議な夢を見たのよ」と言い、思い出せる限りの冒険を、姉に話して聞かせます。姉は、「たしかに、不思議な夢ね」と言い、アリスに、「さあ、お茶の時間よ。もう遅くなってきたわ」と告げます。アリスは、お茶を飲みに、駆けていきました。

姉の見た夢、そして大人になったアリス

一人残った姉は、土手に座ったまま、アリスの話を、思い返します。そして、いつの間にか、自分も、夢を見ているような心地になります。草が風にそよぐ音は、白うさぎの駆ける足音に、池の水の揺れは、ネズミが泳ぐ音に、変わります。三月うさぎのお茶会の、食器の音も、女王の甲高い声も、聞こえてくるようです。

そして、姉は、将来のアリスを、思い描きます。大人になったアリスは、子ども時代の、素直で愛情深い心を、持ち続けるでしょう。そして、周りに子どもたちを集め、不思議な物語を語って、目を輝かせるでしょう。そのなかには、かつての「不思議の国」の夢も、含まれているかもしれません。この結末は、物語全体を、静かな余韻で包み、「物語を語り継ぐこと」への、作者の思いを感じさせます。作者のキャロル自身が、ボートの上で、少女たちに物語を語った日の記憶が、ここに重なっています。

シリーズを終えるにあたって

全13回にわたり、『不思議の国のアリス』を、全12章に分けて読んできました。この作品は、子ども向けの冒険物語として読まれ、同時に、言葉遊び、論理、パロディ、風刺が詰まった、大人も楽しめる作品でもあります。読み返すたびに、新しい発見があるのは、そのためでしょう。続編の『鏡の国のアリス』では、チェスをモチーフに、さらに言葉遊びが深められています。ぜひ、あわせて読んでみてください。

本シリーズで引用した英語の原文は、パブリックドメインとなっており、インターネット上でも読むことができます。また、日本語訳には、さまざまなものがあり、訳者によって、言葉遊びの訳し方が異なります。読み比べるのも、この作品の楽しみ方の一つです。詳しい注釈つきの版を読めば、本シリーズで触れきれなかった背景も、さらに深く知ることができます。

小説を書く人にとっての学び

最終章の学びは、「結末の作り方」です。アリスの冒険は、夢として閉じられますが、その後に、姉の視点という、もう一つの層が加わります。主人公の物語が終わったあとに、別の人物の目を通して、物語を振り返ることで、読者に、静かな余韻を残します。物語の終わらせ方として、非常に参考になります。

もう一つ、先の「始まりから始めて、終わりまで読み、そこで止まれ」という王様の言葉は、書くことの基本を、短く言い表しています。物語を、どこから書き始め、どこで終わらせるか。その決断を、迷ったときには、この言葉を思い出してみてください。ばかばかしい場面で語られた言葉が、実は、書き手への最良の助言になっているところに、この作品の奥深さがあります。

参考文献

Lewis Carroll, Alice’s Adventures in Wonderland, Macmillan, 1865(原文。Project Gutenberg: https://www.gutenberg.org/ebooks/11)

マーティン・ガードナー(注)、高山宏(訳)『詳注アリス 完全決定版』亜紀書房、2019年

Martin Gardner (ed.), The Annotated Alice: The Definitive Edition, W. W. Norton, 2000

Morton N. Cohen, Lewis Carroll: A Biography, Macmillan, 1995

ルイス・キャロル(作)、河合祥一郎(訳)『新訳 不思議の国のアリス』角川文庫、2010年