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不思議の国のアリス 第9回:女王のクロッケー場

第8章のあらすじ

庭に入ったアリスの目の前に、大きなバラの木が立っていました。白いバラが咲いているはずの木に、三人の庭師が、赤いペンキを塗っています。庭師は、人間の姿ではなく、トランプのカードです。背中が平たくて、手足は、カードの四隅についています。名前は、「二」「五」「七」です。庭師たちは、間違って白いバラを植えてしまったので、女王が気づく前に、赤く塗り直さなければならない、と話しています。

作業の途中で、五と七が、どちらのせいでペンキが飛んだのかを、言い争い始めます。そうしているうちに、女王の行列が近づいてきます。庭師たちは、いっせいに地面に伏せます。行列は、棍棒を持つ兵士、ダイヤの飾りを付けた廷臣、ハートの子供たち、客たち、そして白うさぎ、続いて、王冠をクッションに載せて運ぶハートのジャック、そして、ハートの王と女王の順に進んできます。

「首をはねよ」と叫ぶ女王

ハートの女王は、アリスの前で立ち止まり、「これは誰だ」と、ジャックに尋ねます。ジャックは、お辞儀をするだけで、返事をしません。女王は、「ばかもの」と叫び、アリスに向き直って、名前を尋ねます。アリスは、礼儀正しく、「アリスと申します、陛下」と答えますが、内心では、「所詮は、トランプの束にすぎないのだから、怖がることはない」と、自分に言い聞かせています。

女王は、地面に伏せた庭師たちを指して、「あれは誰だ」と尋ね、アリスが、「私には、分かりません。私の知ったことではありませんもの」と答えると、顔を真っ赤にして、金切り声で叫びます。原文では、《Off with her head!》という、有名な命令の言葉です。「その者の首をはねよ」という意味ですが、アリスは、「ばかばかしい」と、大声ではっきりと言い返し、女王は、沈黙します。王は、女王の腕に手をかけて、「おまえ、考えてごらん。まだ子どもなのだよ」と、取りなします。

庭師たちの運命

怒りの収まらない女王は、地面に伏せている庭師たちの首を、はねるように命じます。兵士たちが、庭師を探しにくると、アリスは、とっさに、庭師たちを大きな植木鉢の中に隠してやります。兵士たちは、庭師を探し回りますが、見つかりません。そのうちに、女王が、「首ははねたか」と尋ね、兵士たちは、「首はなくなりました」と、答えます。

この場面は、女王の命令が、実際には、実行されていないことを示しています。のちの第9章で、グリフォンが、「あれは、女王の空想にすぎない。誰も、処刑されたりしない」と語るのですが、この章の時点でも、女王の処刑命令が、騒ぎ立てるだけで、実行力を伴わないことが、示されているのです。つまり、ハートの女王は、恐ろしい独裁者というより、癇癪持ちの子どもの姿に近い人物として描かれています。

フラミンゴとハリネズミのクロッケー

女王は、アリスに、「クロッケーはできるか」と、尋ねます。アリスは、「できます」と大声で答え、行列に加わります。クロッケー場は、でこぼこの畑のような地形で、ボールは生きたハリネズミ、槌(マレット)は、生きたフラミンゴです。そして、ゴールのアーチは、兵士たちが、手足を地面について、体を曲げて作っています。

アリスは、フラミンゴを、脇に抱えて、ハリネズミを打とうとします。ところが、フラミンゴは、そのたびに首をひねって、アリスの顔を見上げます。ハリネズミは、勝手に丸まりをほどいて、歩き去ってしまいます。アーチ役の兵士も、立ち上がって、別の場所に歩いていきます。しかも、順番もなく、全員が、いっせいにプレイするため、争いが絶えません。女王は、そのたびに、「首をはねよ」と叫びます。ルールのない競技という点は、第3章のコーカスレースと、響き合っています。

チェシャ猫の首をめぐる議論

アリスが、混乱するクロッケー場を、眺めていると、空中に、猫の笑いが現れます。チェシャ猫が、現れ始めたのです。猫は、頭だけが、見えるようになります。アリスは、話し相手が見つかったと喜びます。猫は、「ゲームの調子は、どうだい」と、尋ねます。アリスは、「皆が一斉にプレイして、しかも、規則があるのかないのか分かりません。みんな、ひどく喧嘩ばかりしているわ」と、愚痴をこぼします。

そこへ、王様が来て、猫の姿に気づき、「この猫を追い出せ」と、死刑執行人を呼びます。死刑執行人は、「体がなければ、首を切れない」と言い、王様は、「頭があれば、切れるはずだ」と言い返します。そして、女王は、「すぐに決着がつかなければ、全員の首をはねる」と、叫びます。アリスは、猫が、公爵夫人のものだと、伝えます。女王は、公爵夫人を連れてくるように、命じますが、その頃には、猫の頭は、すっかり消えていました。

女王は「ハートの女王」で、鏡の国の「赤の女王」ではない

ここで、一つ、混同されやすい点に触れておきます。『不思議の国のアリス』に登場する、ハートの女王は、続編『鏡の国のアリス』の、赤の女王とは別人です。『鏡の国のアリス』は、チェスの駒をモチーフにした物語で、赤の女王は、チェスの駒です。一方、『不思議の国のアリス』は、トランプのカードを、モチーフにした物語です。

映画やゲームなどの翻案作品では、この二人の女王が、混ぜて描かれることがあります。しかし、原作では、ハートの女王は、「首をはねよ」と叫ぶ、癇癪持ちとして描かれ、赤の女王は、規律を重んじる、厳格な人物として描かれます。原作に立ち返ると、二人の人物像の違いが、はっきりと分かります。本シリーズでは、あくまで、『不思議の国のアリス』の、ハートの女王を扱っています。

小説を書く人にとっての学び

この章から学べるのは、「怖い悪役」の描き方に、コメディの要素を取り入れる方法です。ハートの女王は、「首をはねよ」と叫び続けますが、実際には、誰も処刑されません。恐怖と滑稽さを同居させることで、読者は、安心して笑いながら、権力者の横暴さを、感じ取ることができます。

また、日常のスポーツを、奇妙な道具に置き換える発想も役立ちます。フラミンゴの槌や、ハリネズミのボールは、一度見たら忘れられない映像です。既存の遊びやルールを、少しだけずらして、生き物を道具にするだけで、独創的な場面が生まれます。次回は、にせウミガメが、昔の学校生活を語る、第9章を読みます。

参考文献

Lewis Carroll, Alice’s Adventures in Wonderland, Macmillan, 1865(原文。Project Gutenberg: https://www.gutenberg.org/ebooks/11)

マーティン・ガードナー(注)、高山宏(訳)『詳注アリス 完全決定版』亜紀書房、2019年

Martin Gardner (ed.), The Annotated Alice: The Definitive Edition, W. W. Norton, 2000

Morton N. Cohen, Lewis Carroll: A Biography, Macmillan, 1995

ルイス・キャロル(作)、河合祥一郎(訳)『新訳 不思議の国のアリス』角川文庫、2010年