不思議の国のアリス 第11回:ロブスターのカドリール
第10章のあらすじ
前の章に続いて、アリスは、グリフォンとにせウミガメと一緒に、海岸にいます。にせウミガメは、深いため息をつきながら、学校の話をしていましたが、グリフォンが、「その話は、もう十分だ。次は、遊びの話をしよう」と、話題を変えます。にせウミガメは、しばらく、声を詰まらせてから、「おまえは、海の中で、あまり暮らしたことがないだろうな」と、アリスに言います。アリスが、「ありません」と答えると、にせウミガメは、「それなら、ロブスターに会ったこともないだろう」と続けます。
アリスは、「一度、食べたことが……」と言いかけて、慌てて、口をつぐみ、「いいえ、ありません」と言い直します。ロブスターは、食べるものであり、ここで「食べた」と言えば、失礼になると、とっさに気づいたのでしょう。グリフォンは、「それなら、ロブスターのカドリールが、どんなに素敵なものか、想像もつかないだろうな」と言います。カドリールとは、四人一組で踊る、当時流行した社交ダンスの一種です。
ロブスターのカドリールの踊り方
にせウミガメとグリフォンは、踊り方を、交互に、説明し始めます。まず、海岸沿いに、一列に並びます。「二列だ」と、グリフォンが、訂正します。アザラシ、ウミガメ、サケなどが、並びます。そして、道を邪魔するクラゲを、すべて片付けます。「そこが、結構時間がかかるんだ」と、グリフォンが、言い添えます。そのうえで、二歩、前に進み、それぞれが、ロブスターを、パートナーにするのです。
次に、パートナーを組み、ロブスターを交換して、同じ順序で、戻ります。そのあと、ロブスターを、「できるだけ遠く、海へ放り投げる」のです。それを、泳いで追いかけ、海の中で宙返りをし、再び、ロブスターを交換して、陸へ戻る。それが、最初の一幕だと、二人は、興奮気味に説明します。説明をしているうちに、二人が、夢中になって飛び跳ねる姿が、なんともおかしく描かれています。アリスは、その様子を、驚きながら見ています。
パロディ詩「もっと速く歩けませんか」
ダンスの実演のあと、にせウミガメは、歌を歌い始めます。それは、「もっと速く歩けませんか」と、タラが、カタツムリに言う内容の歌です。タラは、「すぐ後ろに、イルカが迫ってきて、私のしっぽを踏んでいるのだ」と、急かします。そして、ロブスターやウミガメが、浜辺で、待っているのだから、一緒に踊ろう、と誘います。カタツムリは、「遠すぎる、遠すぎる」と、横目で見て、断ります。
この歌は、メアリー・ハウイットの詩「蜘蛛と蠅」の、パロディとされています。元の詩は、「わたしの部屋にお入りなさい」と、蜘蛛が蠅を誘い、蠅が、巧みな言葉に乗せられて、食べられてしまうという、教訓的な内容でした。パロディでは、誘われるカタツムリが、「遠すぎる」と、ずっと断り続けます。つまり、元の詩では、食べられてしまう誘惑に屈する話が、断る話に変えられているのです。ヴィクトリア朝の子どもたちが、よく暗唱していた詩を、ひっくり返すことで、笑いを生み出しています。
タラとカタツムリ、そしてアリスの暗唱
歌の中のタラ(whiting)について、グリフォンは、アリスに、「見たことがあるだろう」と尋ねます。アリスは、「ええ、よく晩ご……」と言いかけて、慌てて、口を押さえます。「晩ご飯(dinner)に」と、言うつもりだったのです。グリフォンは、「晩ご(Dinn)がどこにあるのか知らないが、そう言うなら、タラの様子は、知っているのだな」と言います。ここでも、「食べる」と言ってはいけない、という、アリスの気配りが、言葉の遊びになっています。
さらに、グリフォンは、靴は何で磨かれているのかと、アリスに尋ねます。アリスが答えると、グリフォンは、「海の中では、靴は、タラで磨くのだ」と言います。「ホワイティング」は、実際に、靴や金属を磨くための白い粉の名前でもあります。続けて、「靴底(ソール)と、ウナギ(イール)で」、つまり、ヒラメの一種と、ウナギで、靴を作るのだ、と言い、「ソール(靴底)」と「ソール(舌平目)」の、駄洒落も出てきます。アリスは、二人に、「怠け者の声が聞こえる」で始まる詩を暗唱するよう、頼まれます。
パロディ詩「ロブスターの声」
アリスが暗唱した詩は、アイザック・ウォッツの詩「怠け者」の、パロディです。元の詩は、「怠け者の声が聞こえる。『まだ眠らせてくれ』と、彼は不平を言う」という、勤勉を説く教訓詩です。アリスの暗唱では、「ロブスターの声が聞こえる。『あなたは、私を焼きすぎた。髪に、砂糖をかけなくては』と、彼は言う」という、まったく別のものに変わっています。
二番目の詩節では、フクロウとヒョウが、パイを分け合うという話が出てきますが、ヒョウは、パイの皮と肉汁と肉をとり、フクロウは、皿だけを受け取った、という落ちがつきます。にせウミガメは、アリスの暗唱を聞いて、「それは、わしが子どもの頃に、唱えていたものとは違う」と言い、グリフォンも、「聞いたこともない。ひどいナンセンスだ」と、感想を述べます。アリスは、自分の暗唱が、おかしなものだったことを知り、再び「自分は、自分に戻れるのだろうか」と、考え込みます。
「ビューティフル・スープ」と、裁判の知らせ
話題を変えようと、グリフォンは、にせウミガメに、「歌を歌え」と、促します。にせウミガメは、「ビューティフル・スープ」を、涙ながらに歌い始めます。濃くて、緑色の、美しいスープよ。熱い鍋の中で、待っている。そんなスープを、夕食に食べられない者がいるだろうか、と歌う、感傷的で、ばかばかしい歌です。この歌は、当時流行した「夕べの星、美しい星」という歌の、パロディだとされています。
歌が、繰り返しの部分に差しかかったとき、遠くから、「裁判が始まるぞ!」という叫びが聞こえてきます。グリフォンは、歌の途中で、アリスの手をつかみ、一目散に、走り出します。にせウミガメは、取り残されたまま、悲しげに、歌い続けています。「ビューティフル・スープ」が、にせウミガメのスープの代用品であることを考えると、にせウミガメが、自分自身の料理に憧れて歌っているという、皮肉な構図も読み取れます。次の章で、物語は、法廷の場面へと、一気に進みます。
小説を書く人にとっての学び
この章からは、「説明の場面を、遊びに変える」工夫を学べます。ダンスの手順を、ただ説明するのではなく、二人の掛け合いで、勢いよく見せています。読者は、手順を理解する以前に、二人の興奮に引き込まれます。情報を伝える場面に、登場人物の感情や、動きを重ねることで、説明が、場面の魅力に変わるのです。
また、アリスの食べ物に関する失言が、繰り返し出てくる点も、キャラクターを立てる方法として優れています。アリスは、いつも、食べることを、うっかり口にしかけて、あわてて取り消します。この「繰り返しの失敗」は、キャラクターの特徴として定着し、読者の親しみを生み出します。次回は、いよいよ、タルトを盗んだ犯人を裁く、法廷の場面、第11章を読みます。
参考文献
Lewis Carroll, Alice’s Adventures in Wonderland, Macmillan, 1865(原文。Project Gutenberg: https://www.gutenberg.org/ebooks/11)
マーティン・ガードナー(注)、高山宏(訳)『詳注アリス 完全決定版』亜紀書房、2019年
Martin Gardner (ed.), The Annotated Alice: The Definitive Edition, W. W. Norton, 2000
Morton N. Cohen, Lewis Carroll: A Biography, Macmillan, 1995
ルイス・キャロル(作)、河合祥一郎(訳)『新訳 不思議の国のアリス』角川文庫、2010年