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不思議の国のアリス 第12回:タルトを盗んだのは誰?

第11章のあらすじ

グリフォンに手を引かれて、アリスがたどり着いたのは、大勢の鳥や動物、そしてトランプのカードたちが集まった、法廷でした。王様と女王様は、玉座に座っています。その前には、ハートのジャックが、鎖でつながれて立ち、両脇には、兵士が付き添っています。王様の近くには、白うさぎが、片手にトランペット、もう片手に羊皮紙の巻物を持って、控えていました。

法廷の中央にあるテーブルには、大きなお皿が置かれ、おいしそうなタルトが、山のように盛られています。アリスは、思わず、おなかが空きました。「裁判が早く終われば、あのお菓子を、みんなで分けて食べられるのに」と、考えます。アリスは、これまで、本で読んで、法廷の様子を知っていたので、周囲の人たちの役割を、一つ一つ、言い当てることができ、少し得意になります。王様が、裁判官を務め、大きなかつらの上に、王冠を載せているのも、なんだか滑稽です。

陪審員たちと、トカゲのビル

法廷の片側には、陪審員席があり、十二匹の生き物が座っています。動物や鳥たちが、石板に、熱心に何かを書き込んでいます。アリスは、グリフォンに、「裁判が始まる前から、何を書いているの」と尋ねます。グリフォンは、「自分の名前を書いているのだ。裁判が終わる前に、忘れてしまうといけないからな」と答えます。アリスは、「ばかばかしい」と、思わず声を出し、法廷の人々に睨まれます。

陪審員の一人が、鉛筆を、きいきいと、鳴らしています。アリスは、その音に耐えられず、後ろに回って、鉛筆を取り上げます。この陪審員は、第4章でうさぎの家の煙突から吹き飛ばされた、トカゲのビルでした。ビルは、鉛筆がなくなって、困り果て、指で、石板に字を書こうとしますが、跡が残りません。第4章の脇役が、ここで再登場し、物語の後半に向けた、構成の工夫が、はっきりと表れています。

起訴状の朗読

白うさぎが、トランペットを三回吹いてから、巻物を開いて、起訴状を読み上げます。「ハートの女王様が、タルトを作った、夏の日のこと。ハートのジャックが、そのタルトを盗んで、すっかり持ち去った」という、わらべ歌のような内容です。これは、英国の実際のわらべ歌「ハートの女王」を、もとにしたものです。

王様は、陪審員たちに、「評決を考えよ」と、言いますが、白うさぎが、「まだ早い、陛下。証言が、たくさんあります」と、割って入ります。王様は、「では、最初の証人を呼べ」と言い、白うさぎが、トランペットを三回吹いて、「第一の証人!」と呼ぶと、帽子屋が入ってきます。裁判の手続きが、物語の中で、きちんと進められているようで、実際には、全体がでたらめだという、おかしさがここにあります。

帽子屋の証言

帽子屋は、片手にティーカップ、片手にバター付きパンを持って、入廷します。そして、「陛下、これを持ち込んで、申し訳ありません。お呼びがかかったとき、まだお茶を飲み終えていなかったのです」と言います。王様は、「飲み終えるべきだった。いつ、お茶を始めたのか」と尋ねます。帽子屋は、後ろにいる三月うさぎとヤマネの顔を見て、「三月の十四日だったと思います」と答えます。三月うさぎは、「十五日だ」と言い、ヤマネは、「十六日」と付け加えます。

この間、アリスは、体の異変に気づきます。また、大きくなり始めたのです。隣に座っていたヤマネが、「そんなに押さないでくれ」と、文句を言います。アリスは、「仕方ないわ。成長しているのだから」と、答えます。ヤマネは、「ここで成長する権利はない」と言い返し、アリスが、「あなたも成長しているでしょう」と指摘すると、「でも、私は、常識的な速さで成長している。そんな、ばかばかしい成長の仕方はしていない」と、反論します。この会話は、アリスの体の変化が、裁判の場面でも、続いていることを示しています。

「落ち着かなければ、処刑するぞ」

王様は、帽子屋に、「証拠を述べよ。緊張するな。さもなければ、その場で処刑するぞ」と言います。これを聞いた帽子屋は、緊張が増して、足を、交互に踏みかえながら、女王を不安そうに見つめます。そして、混乱のあまり、バター付きパンの代わりに、ティーカップの縁を、かじってしまいます。女王は、帽子屋を、じっと見つめていましたが、突然、「前回のコンサートの歌手の名簿を持ってこい!」と、命じます。

帽子屋は、震えのあまり、靴を二つとも脱ぎ捨て、逃げ去ります。女王は、「帽子屋の首をはねよ」と、命じますが、そのときには、すでに、帽子屋の姿は、消えていました。第7章の、お茶会で語られた、「時間を殺した」エピソードが、ここで、法廷の場面に、つながってきます。物語の前半で張った伏線が、後半で効いてくる構成が、ここで光っています。

料理人の証言と、次の証人

次の証人は、公爵夫人の料理人です。彼女は、胡椒入れを手に持って入ってきます。アリスは、料理人の姿が見える前から、誰かが分かりました。入り口の近くにいた人々が、いっせいに、くしゃみを始めたからです。王様が、「証言せよ」と言うと、料理人は、「いやです」と答えます。王様は、困って、白うさぎに助けを求め、白うさぎが、「陛下は、反対尋問を、なさるべきです」と、小声で言います。

王様が、「タルトは、何でできている」と尋ねると、料理人は、「大半は、胡椒です」と答えます。すると、後ろから、眠そうな声で、「糖蜜だ」という声がします。ヤマネです。女王は、「ヤマネを捕まえろ、首をはねろ、法廷から追い出せ」と、大騒ぎをして、そのあいだに、料理人は、姿を消してしまいました。王様は、「構わん、次の証人を呼べ」と言い、女王に、「お前が、次の証人を、尋問してくれ。私は、頭が痛くなってきた」と、小声で頼みます。

「アリス!」

白うさぎは、証人のリストを、手に持って、探すふりをしながら、必死に目を細めています。そして、最も甲高い声で、次の証人の名前を、読み上げます。それが、《Alice》、つまり「アリス!」でした。アリスは、自分の名前を呼ばれたことに驚き、法廷中の視線が、自分に集まることを、感じます。この章は、ここで終わります。

この終わり方は、見事です。読者は、法廷という舞台の上に、これまでに登場してきた人物たちが、次々と集まってくることに、気づきます。白うさぎ、ビル、帽子屋、三月うさぎ、ヤマネ、公爵夫人の料理人。そして、最後に、主人公のアリス自身が、証人として呼ばれます。「探されていた側」が、「証言する側」に、変わる瞬間です。この法廷は、アリスの夢の総決算の舞台であり、物語が、最終章へ向かう助走になっています。

小説を書く人にとっての学び

この章から学べる最大のポイントは、「伏線の回収と、登場人物の再集結」です。物語の前半に、さりげなく登場した人物や出来事を、後半で一斉に呼び集める。これは、長編の構成として、非常に効果的です。読者は、「あのときの」と思い出し、物語の世界の広さと、作者の計算を、同時に感じ取ります。

もう一つは、「ばかばかしい手続きを、真面目に進める」ことの面白さです。法廷は、厳粛な場所のはずですが、この章では、陪審員が、自分の名前を書き留め、証人が、茶碗をかじり、料理人は、証言を拒否します。権威ある形式と、中身のでたらめさの落差が、笑いを生みます。次回は、いよいよ最終章、アリスの証言と、夢から覚める結末を読みます。

参考文献

Lewis Carroll, Alice’s Adventures in Wonderland, Macmillan, 1865(原文。Project Gutenberg: https://www.gutenberg.org/ebooks/11)

マーティン・ガードナー(注)、高山宏(訳)『詳注アリス 完全決定版』亜紀書房、2019年

Martin Gardner (ed.), The Annotated Alice: The Definitive Edition, W. W. Norton, 2000

Morton N. Cohen, Lewis Carroll: A Biography, Macmillan, 1995

ルイス・キャロル(作)、河合祥一郎(訳)『新訳 不思議の国のアリス』角川文庫、2010年