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不思議の国のアリス 第2回:うさぎ穴に落ちて

第1章のあらすじ

物語は、アリスが川辺で姉の隣に座り、すっかり退屈しているところから始まります。姉が読んでいる本には、挿絵も会話もありません。原文では、アリスが《without pictures or conversations》、つまり絵も会話もない本に何の意味があるのだろうと考えます。眠気に包まれていたそのとき、ピンク色の目をした白うさぎが、すぐそばを走り抜けました。それだけなら珍しくありませんが、うさぎは、チョッキのポケットから懐中時計を取り出して眺め、遅れそうだと慌てて走っていったのです。

アリスは、《burning with curiosity》、好奇心に燃えて、うさぎのあとを追いかけます。うさぎは生け垣の下の大きな穴に飛び込み、アリスも、どうやって出るかを考えないまま、続いて飛び込みます。穴はまっすぐ続いたあと、突然、深い井戸のような縦穴になって、アリスは長いあいだ落ち続けます。落ちながら、壁一面の戸棚や本棚、地図や絵が掛けられているのを見つけたアリスは、棚から「オレンジ・マーマレード」と書かれた瓶を手に取りますが、中が空っぽだったので、下の人に当たってはいけないと思い、別の棚に戻します。

落ちながら考えること

長い落下の間、アリスは、自分がどれだけ地球の奥に来たのかと考えます。「緯度」や「経度」といった言葉を思い出して得意になりますが、ここでアリスは「対蹠地(アンチポデス)」と言うべきところを「アンチパシーズ」と言い間違えます。これは、地球の反対側を意味する言葉に、「反感」を意味する似た言葉を取り違えたものです。少女がうろ覚えの知識を披露して、少し間違えているという、微笑ましい描写になっています。

また、アリスは、飼い猫のダイナのことを思い出し、「猫はコウモリを食べるかしら」と考え続けるうちに、いつの間にか「コウモリは猫を食べるかしら」と言い間違えて、うとうとしてしまいます。論理がずれていくことと、眠りに落ちていくことが、重なって描かれています。落下の場面は、現実から幻想へ移るための通路の役割を果たしており、読者も、アリスと一緒に、ゆっくりと日常の感覚を手放していきます。

広間の扉と、小さな鍵

アリスは枯れ葉の山に着地し、怪我もなく起き上がります。目の前には、長い廊下が続いており、白うさぎが《Oh my ears and whiskers》と言いながら、急いで角を曲がっていくところでした。アリスが追いかけて角を曲がると、うさぎはもう見えず、天井から吊られたランプに照らされた、低い広間に出ます。広間の周りには、たくさんの扉がありましたが、すべて鍵がかかっていました。

やがて、アリスは三本足のガラスのテーブルの上に、小さな金の鍵を見つけます。鍵を試していくと、カーテンの陰に隠れていた、高さ四十センチ足らずの小さな扉に合いました。扉を開けると、その向こうには、きれいな花壇や涼しい噴水のある、美しい庭が見えます。しかし、この体では、頭も入りません。「望遠鏡みたいに体が縮められたらいいのに」と考えるアリスは、不思議なことが続けて起きたので、ありえないことなど何もないような気分になってきたと語られます。

「私を飲んで」と「私を食べて」

テーブルに戻ったアリスは、先ほどまでなかった小瓶を見つけます。瓶には紙札がついていて、大きな文字で《DRINK ME》、つまり「私を飲んで」と書かれていました。アリスは、すぐには飲まず、「毒」と書かれていないかを確かめます。幼い頃に読んだ、言いつけを守らなかったために、火傷をしたり、獣に食べられたりした子どもたちの、教訓的な話を思い出したからです。毒ではなさそうだと確かめたうえで、少し味見をすると、サクランボのタルト、カスタード、パイナップル、七面鳥の丸焼き、トフィー、熱いバターつきのトーストを混ぜたような味がしました。

すると、体がどんどん縮んで、アリスは身長が約25センチほどになります。小さな扉をくぐれる大きさになりましたが、鍵をテーブルに置いたままでした。縮んだ体では、ガラスのテーブルの上に手が届きません。泣き出しそうになったアリスは、テーブルの下に小さなガラスの箱を見つけます。中には、小さなケーキが入っていて、干しブドウで《EAT ME》、「私を食べて」と描かれていました。アリスは、「これを食べれば大きくなるか小さくなるかして、どのみち庭に入れる」と考え、食べ始めます。この章は、ここで終わります。

冒頭が優れている理由

この冒頭は、物語の入り口として、よく計算されています。まず、アリスの退屈という、誰にでも覚えのある感覚から始まります。次に、白うさぎが「懐中時計を見る」という、少しだけおかしいことを起こします。大きな非日常を、いきなり見せるのではなく、小さな違和感から、少しずつ引き込んでいく。そのうえで、好奇心という、主人公の行動の動機がはっきり示されます。

さらに、「私を飲んで」「私を食べて」という札の仕掛けは、ゲームの指示のように機能します。読者は、「飲むとどうなるのか」を、アリスと一緒に知りたくなります。物語の中で、主人公が、疑いながらも、結局は試してみるという流れは、ここで確立されます。アリスは無鉄砲な子どもではなく、毒かどうかを確かめる慎重さも持っています。この「慎重だが好奇心が勝つ」性格が、冒険のたびに繰り返され、物語を前へ進めます。

小説を書く人にとっての学び

この章から学べるのは、非日常への「入り口」の作り方です。一つは、主人公の動機を、初めに小さくても明確に置くこと。アリスは、白うさぎが気になったから追いかけます。壮大な使命などなくても、好奇心だけで、物語は動き出します。もう一つは、非日常に入る場面を、丁寧に描くこと。うさぎ穴の落下は、長く、細部に満ちており、読者が現実から離れる心の準備を整える時間になっています。

また、落ちる途中で、棚の瓶を戻す、といった細かい行動を描くことで、アリスの人柄が見えてきます。物語の導入では、事件そのものよりも、「この人物は何を気にするのか」を、さりげなく示すことが効果的です。次回は、体が巨大化し、涙の池ができる第2章を読みます。

参考文献

Lewis Carroll, Alice’s Adventures in Wonderland, Macmillan, 1865(原文。Project Gutenberg: https://www.gutenberg.org/ebooks/11)

マーティン・ガードナー(注)、高山宏(訳)『詳注アリス 完全決定版』亜紀書房、2019年

Martin Gardner (ed.), The Annotated Alice: The Definitive Edition, W. W. Norton, 2000

Morton N. Cohen, Lewis Carroll: A Biography, Macmillan, 1995

ルイス・キャロル(作)、河合祥一郎(訳)『新訳 不思議の国のアリス』角川文庫、2010年