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不思議の国のアリス 第3回:涙の池

第2章のあらすじ

前章の最後で、「私を食べて」と書かれたケーキを食べたアリスは、今度はぐんぐん大きくなり、望遠鏡が伸びるように背が伸びていきます。頭が天井にぶつかるほどの九フィート(約2.7メートル)の巨人になったアリスは、足が遠くなりすぎて、思わず叫びます。原文では《Curiouser and curiouser!》、つまり「ますます変だわ!」と、驚きのあまり、正しい英語を話すことも忘れたと語られます。ここでアリスが使った「curiouser」は、文法的に正しい形ではありません。驚きで言葉が乱れた様子を、言葉そのものの乱れで表しています。

アリスは、自分の足がはるか遠くにあることに気づき、これからは足に贈り物を送らなくては、と考え始めます。宛名まで想像し、「暖炉の前の敷物のそば、アリスの右足殿へ」と書くつもりだと、真面目に考えるのです。しかし、実際には、巨大な体では小さな扉をくぐることもできません。アリスは、悲しくなって泣き出し、大粒の涙が、足元に大きな池を作ってしまいます。

白うさぎとの再会と、縮む体

そこへ、白うさぎが戻ってきます。白い子山羊革の手袋と、大きな扇を持った白うさぎは、「公爵夫人を待たせたら、怒られる」と、ぶつぶつ言いながら歩いています。アリスが、思い切って「お願いです」と声をかけると、うさぎは、びっくりして手袋と扇を落とし、全速力で逃げ去りました。

アリスは、扇を拾って、あおぎ始めます。暑さを和らげようとしただけでしたが、あおいでいるうちに、体がみるみる縮み始めます。扇のせいだと気づいたアリスは、あわてて扇を投げ捨て、小さくなりすぎる危機を、ぎりぎりのところで逃れました。しかし、小さな扉を見ると、また鍵はテーブルの上にあり、扉は閉じたままでした。そして、アリスは、自分の流した涙の池に落ちてしまいます。

自分は誰なのか

この章の中心にあるのは、「自分は誰なのか」という問いです。体の大きさが急に変わったアリスは、「私は一晩のうちに変わってしまったのかしら」と考えます。今朝起きたときの私は、同じ私だったのか。もし違うなら、「一体私は誰なの?」と自問し、それこそが大きな謎なのだと言います。原文では、ここに《Who in the world am I?》という一文があります。直訳すれば「いったい、この世で私は誰なの?」という問いです。

アリスは、自分が誰なのかを確かめるために、知っていることを思い出そうとします。九九を唱えようとしますが、答えは合わなくなっていき、地理のことを思い出そうとして、「ロンドンはパリの首都で、パリはローマの首都で」と、すっかり間違えてしまいます。さらに、詩を暗唱してみると、これも原詩とは全然違うものになります。「知っていたはずのことが、思い出せない」という体験を通じて、アリスは、「自分は別人になってしまったのでは」と不安になります。

パロディ詩「小さなワニ」

アリスが暗唱しようとして間違えた詩は、実在の詩のパロディです。もとになったのは、18世紀の牧師で賛美歌の作者としても知られる、アイザック・ウォッツの子ども向けの詩でした。「小さな勤勉なミツバチは、どのように一日を過ごすか」という内容で、働くことの大切さを説く教訓詩です。当時の子どもたちは、こうした詩を、暗唱するように求められていました。

アリスの口から出てきたのは、ミツバチの代わりに、「小さなワニが、輝くしっぽを磨き、ナイルの水をかけて、金色のうろこを……」という、まったく別の詩でした。教訓を語るはずの詩が、ワニが魚を口でかき集めるという、少し不穏な内容にすり替わっています。読者は、元の詩を知っていれば、そのずれを楽しめますし、知らなくても、「アリスが間違えた」ということだけは、十分に伝わります。当時の道徳教育を、さりげなく茶化している場面だといえます。

涙の池での泳ぎ、そしてネズミ

アリスは、自分の作った涙の池で泳ぎ始めます。池には、やがて、アリスと同じように、水の中で泳ぐ一匹のネズミが現れました。アリスは、ここは不思議な国だから、ネズミも話せるかもしれないと考え、話しかけてみます。しかし、ネズミは返事をしません。アリスは、「もしかしたらフランス語のネズミなのかも」と考え、フランス語教科書の最初の文、「私の猫はどこ?」(Où est ma chatte?)を話しかけます。

ところが、これを聞いたネズミは、驚いて跳び上がり、全身を震わせます。猫は、ネズミにとっては天敵です。アリスは、あわてて謝りますが、そのあとも、飼い猫のダイナの自慢話を続けてしまい、ネズミをますます怯えさせます。悪気がないのに、相手を傷つけてしまう。この場面は、アリスの「子どもらしさ」と、少しずれた会話を、軽やかな笑いで描いています。池には、いつの間にか、たくさんの鳥や動物たちも落ちていて、みんなで岸に向かって泳いでいきます。

作品に出てくる動物たちの正体

この章の終わりに集まってくる動物たちは、実は作者の身近な人々を暗示していると、よく言われています。ドードーは、作者の本名ドジソンの吃音から来た自画像だという説が、広く知られています。アヒル(ダック)は、ボート遊びに同行した友人のダックワース、オウムに似た鳥のロリーは、アリスの姉ロリーナ、小鷲(イーグレット)は、妹のイーディスを指すとされます。

ここには、物語が生まれたボート遊びの記憶が、そのまま刻み込まれています。作者は、実際の人物を動物に置き換えて、物語の中に登場させたのです。これは、物語の背景を知っているほど、楽しみが増える仕掛けです。ただ、もちろん、それを知らなくても、この場面は十分に楽しめます。次回は、この動物たちが乾くために行う、不思議な「コーカスレース」の場面を読みます。

小説を書く人にとっての学び

この章から学べることは、キャラクターの「揺らぎ」の描き方です。アリスは、体の大きさが変わることで、自分が何者なのかが分からなくなります。大きな事件の中で、主人公の内面を揺さぶることで、読者は、主人公の人柄を深く知ることができます。九九や地理の間違いは、単なるギャグではなく、「知っているはずのことが分からなくなる」という、アイデンティティの不安を、具体的な形で見せています。

また、涙が池になるといった、感情が物理的な形になる描写は、物語の中での感情の扱いのヒントになります。悲しみが、そのまま世界を水浸しにするのです。心の動きを、直接説明せずに、風景や出来事に変換する。この技術は、ジャンルを問わず、小説を書くうえで役に立ちます。

参考文献

Lewis Carroll, Alice’s Adventures in Wonderland, Macmillan, 1865(原文。Project Gutenberg: https://www.gutenberg.org/ebooks/11)

マーティン・ガードナー(注)、高山宏(訳)『詳注アリス 完全決定版』亜紀書房、2019年

Martin Gardner (ed.), The Annotated Alice: The Definitive Edition, W. W. Norton, 2000

Morton N. Cohen, Lewis Carroll: A Biography, Macmillan, 1995

ルイス・キャロル(作)、河合祥一郎(訳)『新訳 不思議の国のアリス』角川文庫、2010年