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不思議の国のアリス 第7回:ブタとコショウ

第6章のあらすじ

小さな家の前に立ったアリスは、一人の召使いが森から駆けてくるのを見ます。その召使いは、魚のような顔をした従僕で、制服を着て、かつらをつけています。魚の従僕は、玄関の扉を叩き、扉を開けた蛙の顔の従僕に、「公爵夫人へ。女王様から、クロッケーの招待状です」と、大きな手紙を差し出します。蛙の従僕は、全く同じ重々しい調子で、「女王様から、公爵夫人へ。クロッケーの招待状です」と、言葉の順番を入れ替えて、繰り返しました。二人は、深々とお辞儀をして、かつらの巻き毛が絡まってしまいます。

アリスは、笑いをこらえきれず、森の中に隠れて、様子をうかがいます。魚の従僕が去ったあと、アリスは、扉のそばに座っている蛙の従僕に、「どうやって入ればいいのですか」と尋ねます。蛙の従僕は、「ノックしても無駄だ。理由は二つ。第一に、私は君と同じ扉の側にいるから。第二に、中で大変な騒ぎが起きていて、誰も君の声を聞けないから」と、答えます。ここでは、もっともらしい論理が、実際には、何の役にも立たない答えとなっています。

公爵夫人の台所

アリスが扉を開けると、煙で一杯の台所が現れます。公爵夫人は、三本足の腰掛けに座り、赤ん坊を抱いています。料理人は、竈(かまど)の前で、大きな鍋をかき混ぜています。部屋中に、胡椒の粉が舞い、アリスは、くしゃみが止まりません。くしゃみをしていないのは、料理人と、暖炉の前で笑っている大きな猫だけでした。この猫が、チェシャ猫です。

公爵夫人は、赤ん坊に、乱暴に子守歌を歌っています。歌は、「男の子には、乱暴に話しかけて、くしゃみをしたら叩きなさい」という趣旨のもので、聞いているこちらが、びくびくするような内容です。これは、デイヴィッド・ベイツの詩「優しく話しなさい(Speak gently)」のパロディとされています。元の詩は、子どもに優しく接することを勧めるものでしたが、ここでは、その教えが、ひっくり返されています。やがて、公爵夫人は、赤ん坊を、アリスに投げ渡して、「女王とクロッケーをしに行く支度をしなくては」と言って、部屋を出ていきます。

赤ん坊がブタに変わる

アリスは、赤ん坊を抱えたまま、家の外へ出ます。赤ん坊は、変な形をしていて、鼻が上を向いており、目はとても小さいうえに、唸るようにいびきをかいています。アリスは、「この子は、赤ん坊らしくないわ」と心配になります。見ていると、赤ん坊が、ブーブーと鳴き出しました。アリスは、よく見るために顔を近づけます。すると、赤ん坊は、完全に、子ブタに変わっていたのです。

アリスは、子ブタを、森の中に放します。子ブタは、そのまま、とことこと走って、森の中へ消えていきました。アリスは、「あの子は、人間の子供なら、ずいぶん醜くなったでしょうが、ブタとしては、なかなか可愛らしいわ」と、のんきに考えます。この場面は、とても不条理ですが、アリスの反応は冷静で、読者の笑いを誘います。赤ん坊の扱いを、あっさりと描くところに、物語全体の気楽な調子が表れています。

チェシャ猫との問答

アリスが森を歩いていくと、木の枝の上に、チェシャ猫が座っていました。猫は、大きな歯を見せて笑っています。アリスは、その猫に、尋ねます。「ここから、どちらの道へ進めばよいのでしょうか」と。猫は、《That depends a good deal on where you want to get to》と答えます。つまり、「それは、君がどこへ行きたいかによって、大きく変わるよ」という意味です。

アリスが、「どこでもいいのです」と答えると、猫は、「それなら、どちらへ行っても同じだね」と言います。この会話は、のちに、人生の目的について語られる際に、よく引き合いに出されます。目的がなければ、道の選択も意味を持たない、という教えとして読まれることがあります。猫は、さらに、帽子屋と三月うさぎが、それぞれ別の方向に住んでいると教え、二人とも変わり者だと言います。アリスが、「変な人たちのところには行きたくない」と言うと、猫は、《We’re all mad here》、「ここでは、誰もがおかしいのだよ」と答えます。

「ここでは誰もがおかしい」の論理

アリスが、「私はおかしくありません」と主張すると、猫は、「おかしいに決まっている。そうでなければ、ここへは来ないはずだ」と、言い切ります。論理としては、「ここにいる者は、全員おかしい」という前提から、「ここに来たアリスも、おかしい」と導いているだけで、根拠のない循環した議論です。

猫は、さらに、自分が、おかしいことを説明します。犬は、怒ると唸り、嬉しいと尻尾を振る。自分は、嬉しいと喉を鳴らし、怒ると尻尾を振る。だから、自分はおかしい、と言うのです。この会話は、論理の形を持ちながら、内容は、でたらめです。作者が数学者であることを考えると、論理を逆手に取った遊びが、巧みに仕込まれていると感じさせます。猫は、姿を現したり消したりしながら、最後には、体が消えて、笑いだけが空中に残ります。アリスは、「猫のいない笑いは、よく見たけれど、笑いだけの猫は、初めて見たわ」と驚きます。

小説を書く人にとっての学び

この章の最大の学びは、チェシャ猫のような「語り手兼案内役」の作り方です。猫は、アリスに、状況を説明するわけではなく、意味ありげな言葉を残して消えます。その言葉が、読者に、物語の本質を、考えさせるきっかけになります。キャラクターの台詞に、ある種の「哲学」を宿らせると、強い印象が残ります。

もう一つは、不条理な出来事を、淡々と描く技術です。赤ん坊がブタになるという、衝撃的な出来事を、アリスは、さらりと受け止めます。登場人物の冷静さが、場面の不条理さを、際立たせるのです。次回は、帽子屋と三月うさぎが主催する、いつまでも終わらないお茶会の場面、第7章を読みます。

参考文献

Lewis Carroll, Alice’s Adventures in Wonderland, Macmillan, 1865(原文。Project Gutenberg: https://www.gutenberg.org/ebooks/11)

マーティン・ガードナー(注)、高山宏(訳)『詳注アリス 完全決定版』亜紀書房、2019年

Martin Gardner (ed.), The Annotated Alice: The Definitive Edition, W. W. Norton, 2000

Morton N. Cohen, Lewis Carroll: A Biography, Macmillan, 1995

ルイス・キャロル(作)、河合祥一郎(訳)『新訳 不思議の国のアリス』角川文庫、2010年