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不思議の国のアリス 第8回:狂ったお茶会

第7章のあらすじ

チェシャ猫に教えられた方向へ進んだアリスは、家の前の木の下に、大きなテーブルが置かれているのを見つけます。テーブルでは、三月うさぎと帽子屋が、お茶を飲んでいました。二人の間には、眠っているヤマネがいて、二人は、ヤマネを、クッション代わりにして、その頭越しに話をしています。テーブルは、とても大きいのに、三人は、片隅に、窮屈そうに集まっていました。

アリスが近づくと、三人は、声をそろえて、「席はない! 席はない!」と、叫びます。アリスは、むっとして、「席はたくさんあるじゃないの」と言い返し、大きな肘掛け椅子に座ります。三月うさぎは、「ワインはいかが」と勧めますが、テーブルには、お茶しか置かれていません。アリスが指摘すると、三月うさぎは、「だって、ワインはないからね」と、澄まして答えます。勧められた席に座り、出されてもいないものを勧められる。会話の最初の数行から、お茶会の「狂気」が、はっきり示されています。

「大鴉と書き物机は、どこが似ている?」

帽子屋は、アリスの髪を見て、「髪を切ったほうがいい」と、失礼なことを言います。アリスが、「そんな個人的なことを言うのは、失礼です」と答えると、帽子屋は、目を丸くして、突然、謎かけを出します。「大鴉(おおがらす)は、なぜ、書き物机に似ているのか?」と。原文では、《Why is a raven like a writing-desk?》という問いです。

アリスは、謎解きが得意だと喜び、答えを考え始めます。しかし、三月うさぎと帽子屋の会話を聞くうちに、これは言葉遊びで、普通の答えがないのではないかと思えてきます。のちに、作者は、この謎かけに、特定の答えは用意していなかったと、1896年版の序文で述べています。ただし、あとから考えた答えとして、「どちらも、いくつかの音(ノート)を出すことができるが、ひどく平板(フラット)な音であり、それでも、前後を逆にして置かれることは決してない」という趣旨の答えを提示しています。「ノート」には、音符という意味と、書き留める紙という意味があり、「フラット」にも、平らという意味と、音階の半音下げるという意味があるため、ここにも言葉遊びが含まれています。

言ったとおりのことを言う

会話が進むうちに、アリスは、三月うさぎと帽子屋の使う言葉が、まったく噛み合っていないことに気づきます。アリスが、「私は、言いたいことを言っているだけです。だから同じことでしょう」と言うと、帽子屋は、「全然同じではない」と、反論します。「『見えるものを食べる』と『食べるものを見る』が同じだと言うのと、同じようなものだ」と。

この会話は、文の構造をひっくり返しただけで、まったく意味が変わってしまうことを、見せています。論理学の基本である、「命題の逆は必ずしも真ではない」という点を、お茶会の会話に仕込んだものです。作者が数学者であり、論理学の本も書いていたことを思い出すと、このようなやりとりが、単なる偶然ではないことが分かります。しかも、これは、会話の中で自然に語られており、読者は、説明されていることに気づかないまま、論理の面白さを味わうことができます。

止まった時間と、いつも六時のお茶

帽子屋は、懐中時計を取り出して、「今日は何日?」と、アリスに尋ねます。この時計は、日付は分かるのですが、時刻は分かりません。帽子屋は、「バターのせいで時計が壊れた」と言い、三月うさぎが、「最上のバターだったのに」と、言い訳をします。アリスは、「何日かが分かる時計なんて、変だわ」と、あきれます。帽子屋は、「あなたの時計は、今が何年かを教えてくれるのか?」と、逆に問い返します。

三人は、「時間」を人物のように扱って話します。帽子屋は、この前の三月に、ハートの女王のコンサートで歌を歌ったところ、女王に「時間を殺している(調子外れに歌っている)」と言われて、死刑を宣告されたと説明します。それ以来、「時間」は機嫌を損ね、帽子屋の頼みを何も聞いてくれなくなりました。そのため、今は、ずっと六時、つまり、お茶の時間のままなのです。三人は、お茶を飲み、使い終わった席を、順番に一つずつずれていくことで、洗い物の手間を省いています。時間が止まったお茶会は、終わりのない日常の象徴として、多くの読者に、強い印象を残してきました。

帽子屋とヤマネ、そして去るアリス

帽子屋は、シルクハットをかぶっており、帽子のリボンには、「10/6」と書かれた値札が挟まっています。これは、10シリング6ペンスという、当時の帽子の値段です。帽子屋は、帽子を売る商人であり、自分の帽子を売りに出しているという、設定を示すしるしです。なお、「帽子屋のようにおかしい(mad as a hatter)」という慣用表現は、帽子づくりに使われた水銀の中毒が、原因だという説があります。ただし、この慣用句が、キャロルの時代に、どの程度広まっていたかには、議論があります。

眠っていたヤマネは、突然起こされると、三人の姉妹の話を始めます。エルシー、レイシー、ティリーという、三人の姉妹が、糖蜜の井戸の底に住んでいる、という内容です。三人の名前は、アリスの実在の姉妹に、対応していると言われています。アリスは、話にあまりに筋が通らないので、「何て、愚かなお茶会かしら」と、怒って席を立ちます。振り返ると、帽子屋と三月うさぎは、ヤマネをティーポットに押し込もうとしていました。アリスは、「もう二度と来ない」と言いながら、森の中の一本の木に、ドアがあることに気づきます。

再び庭への入り口へ

アリスが、木のドアをくぐると、そこは、最初に落ちた、あの低い広間でした。ガラスのテーブルも、小さな扉も、そのままです。アリスは、今度は、慎重に行動します。まず、金の鍵を手に取ります。次に、キノコの一片を少しずつ食べて、約30センチほどの背丈になります。その上で、小さな扉を開け、通路を通って、ついに、美しい庭に出ることができました。

花壇や噴水に囲まれた庭は、アリスが、最初から行きたいと願っていた場所です。この章は、そこで終わります。広間に戻ってきた構造は、物語が「円環」を描いていることを示しています。同じ場所に戻ってきたアリスは、最初とは違い、体の大きさを、自分で管理できるようになっています。これは、アリスが冒険を通して学んだことの表れでもあります。

小説を書く人にとっての学び

この章は、「ナンセンスの論理」を学ぶ絶好の教材です。お茶会の会話は、一見でたらめですが、一つ一つの発言は、文法的にも論理的にも、きちんと成立しています。ナンセンスを作るには、でたらめではなく、「厳密な論理」を、わざと誤用することが効果的なのです。

また、「止まった時間」という設定を、物語の中に自然に組み込む方法も参考になります。三人は、時間が止まったことを、特に悲しむこともなく、お茶を飲み続けています。異常な状況を、日常として受け入れる。この姿勢は、物語の世界観を、読者に確信させる力を持っています。次回は、ハートの女王が登場する、クロッケー場の場面、第8章を読みます。

参考文献

Lewis Carroll, Alice’s Adventures in Wonderland, Macmillan, 1865(原文。Project Gutenberg: https://www.gutenberg.org/ebooks/11)

マーティン・ガードナー(注)、高山宏(訳)『詳注アリス 完全決定版』亜紀書房、2019年

Martin Gardner (ed.), The Annotated Alice: The Definitive Edition, W. W. Norton, 2000

Morton N. Cohen, Lewis Carroll: A Biography, Macmillan, 1995

ルイス・キャロル(作)、河合祥一郎(訳)『新訳 不思議の国のアリス』角川文庫、2010年