『枕草子』第1回:清少納言と中宮定子、作品の背景
このシリーズについて
このシリーズでは、清少納言の随筆『枕草子』を、全8回に分けて詳しく読んでいきます。『源氏物語』のように一本の筋がある作品ではないため、冒頭から順に全文を追うのではなく、「四季」「好きなもの・嫌いなもの」「宮廷での出来事」「人間関係」といったテーマごとに代表的な章段を選び、原文と現代語での説明を交えながら味わっていきます。
『枕草子』は平安時代中期(10世紀末〜11世紀初頭)に成立した作品で、著作権はすでに消滅しています。そのため、原文の引用が可能です。本シリーズでは、原文から一字一句そのまま引いた箇所を《》で囲み、現代語での説明や要約と区別できるようにしています。なお『枕草子』は、章段の区切りや本文が写本の系統によって少しずつ異なるため、記事の中では章段の番号ではなく、冒頭の一文や題材で場面を示します。
清少納言とは、どんな人物か
清少納言は、966年頃に生まれたとされる平安時代中期の女性です。父は歌人としても名高い清原元輔(きよはらのもとすけ)で、曾祖父の清原深養父(ふかやぶ)も『百人一首』に歌が採られた歌人でした。つまり、和歌の家に生まれ育った、いわば「言葉の名家」の出身です。「清少納言」という呼び名は本名ではなく、清原という家の名と、宮仕えの際の女房名(女官としての呼び名)にあたる「少納言」を合わせたもので、その実名は伝わっていません。
若い頃に橘則光と結婚して子をもうけたとされますが、のちに離れ、その後に藤原棟世と再び結ばれたと伝えられています。こうした来歴からも、彼女が宮廷に出仕する前から、一人の大人の女性として世の中を見てきた人であることがうかがえます。
中宮定子に仕える
清少納言が宮仕えを始めたのは、993年(正暦4年)頃の冬とされます。仕えた相手は、一条天皇の中宮・藤原定子(ふじわらのていし)でした。定子は、当時の最高権力者であった関白・藤原道隆の長女で、十代前半で一条天皇のもとに入内した人です。清少納言が出仕した頃の定子は17歳前後、清少納言自身は20代の後半だったと考えられています。
定子のもとには、教養と機知に富んだ女房たちが集められ、文化的な交流の場(サロン)が築かれていました。漢詩文や和歌の知識を競い合い、当意即妙の受け答えを楽しむ華やかな空間です。のちに詳しく見ますが、『枕草子』に描かれる魅力的な場面の多くは、この定子のサロンでの出来事です。清少納言にとって、この主人に仕えた日々は、人生でもっとも輝いた時間だったといえるでしょう。
書名の由来となった、ある紙のエピソード
『枕草子』の終わりのほうには、「跋文(ばつぶん)」と呼ばれる、作品が生まれたいきさつを語る文章があります。それによれば、あるとき内大臣の藤原伊周(これちか)が、中宮定子に立派な紙を献上しました。定子は《帝の御前には史記といふ書をなむ書かせたまへる》と言い、一条天皇は『史記』を書き写させているそうです、こちらには何を書かせようかしら、と清少納言に尋ねます。
これに対して清少納言が《枕にこそは侍らめ》、枕でございましょう、と答えると、定子は「ではあなたが取りなさい」とその紙を与えました。そこで清少納言は、見たこと、感じたことを思うままに書きつけていったと語られています。「枕」が何を指すのかは諸説あり、いつも身近に置いておく備忘録のことだという説、枕元に置く書物のことだという説などがあります。いずれにせよ、書名自体が「定子から紙をもらった日」の思い出と結びついている点が印象的です。
「書くつもりはなかった」という成立のいきさつ
同じ跋文には、もう一つ興味深いことが書かれています。それは《この草子、目に見え心に思ふことを、人やは見むとすると思ひて》、つまり、この草子は、目に見えたことや心に思ったことを、他人が読むとは思わずに書いたのだ、という内容です。誰かに見せるつもりのない、私的なメモのつもりで書き集めていたものが、思いがけず外に出てしまった、という経緯が語られています。
実際のところ、この言葉をどこまで額面どおりに受け取るかは、研究者の間でも意見が分かれます。人に読まれることを意識して書かれた文章だと考えるほうが自然な箇所も多いからです。ただ、「誰かのために書くのではなく、自分の目と心が捉えたものを書く」という態度が、『枕草子』の自由で率直な文章の魅力を支えていることは確かです。
『枕草子』の三つの顔
『枕草子』は、約300の章段から成る作品で、その内容は大きく三つの種類に分けて説明されることが多いです。一つ目は、「〜は」「〜もの」という形で同じ種類のものを書き並べる「類聚(るいじゅう)的章段」です。「うつくしきもの」「にくきもの」などがこれにあたります。二つ目は、宮廷で実際に起きた出来事を、会話を交えて生き生きと描く「日記的(回想的)章段」です。三つ目は、四季の風景や人の世のあり方についての感想を書いた「随想的章段」で、「春はあけぼの」が代表です。
次回以降は、この三つの顔をそれぞれ取り上げていきます。まず第2回では、もっとも有名な随想的章段である「春はあけぼの」と、季節への眼差しを読みます。
本文の系統について
『枕草子』には、写本によって内容や構成が大きく異なる四つの系統(三巻本・能因本・堺本・前田家本)があります。このうち三巻本と能因本は、類聚的章段・日記的章段・随想的章段が入り混じって並ぶ形(雑纂形態)をとり、堺本と前田家本は、同じ種類の章段を内容ごとにまとめ直した形(類纂形態)をとっています。現在、もっとも広く使われているのは三巻本系統の本文です。
同じ『枕草子』でも、どの本文で読むかによって文章が少し変わる、ということは知っておくと、解説書や現代語訳を読み比べるときに役立ちます。
参考文献
石田穣二(訳注)『新版 枕草子 上・下』角川ソフィア文庫
角川書店(編)『枕草子 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』角川ソフィア文庫
国文学研究資料館「新日本古典籍総合データベース」: https://kotenseki.nijl.ac.jp/
山本淳子『枕草子のたくらみ——「春はあけぼの」に秘められた思い』朝日選書、2017年