『枕草子』第3回:「うつくしきもの」日常の「好き」
「ものづくし」という形式
前回は季節を詠む随想的章段を読みました。今回取り上げるのは、「〜もの」という書き出しで、同じ性質を持つものを次々と並べていく「類聚的章段」、いわゆる「ものづくし」です。『枕草子』の約300の章段のなかで大きな割合を占め、この作品の個性をもっとも強く打ち出している形式です。
「ものづくし」は、単なる列挙に見えて、実は何を選び、何を省き、どう並べるかに、書き手の感性が凝縮されます。今回は、そのなかでも「好き」「よい」と感じるものを集めた章段を見ていきます。
「うつくしきもの」——小さなものへの愛情
「うつくしきもの」の「うつくし」は、現代語の「美しい」とは少し違い、「かわいらしい」「愛らしい」という意味で使われています。この章段は《瓜に描きたる児の顔。雀の子の、ねず鳴きするに踊り来る》と始まります。瓜に描いた幼児の顔。ねずみの鳴き真似をして呼ぶと、跳ねるようにやってくる雀の子。いずれも、小さくて愛らしいものです。
続いて、《二つ三つばかりなる児の、急ぎて這ひ来る道に、いと小さき塵のありけるを目ざとに見つけて、いとをかしげなる指にとらへて、大人などに見せたる、いとうつくし》と書かれます。二つ三つ歳くらいの子どもが、急いで這ってくる途中で、とても小さな塵を目ざとく見つけて、かわいらしい指でつまんで、大人に見せている様子は、とてもかわいい、という意味です。
ここで注目したいのは、単に「幼児はかわいい」と言うのではなく、這っている最中に、塵を見つけて、指でつまんで、大人に見せる、という一連の動作を細かく描いている点です。「かわいい」という評価の根拠が、観察された具体的な行動として示されているため、千年後の読者にもその情景がありありと浮かびます。
「あてなるもの」——上品なものの条件
「あてなるもの」は、「上品なもの」「気品のあるもの」を集めた章段です。《薄色に白襲の汗衫。かりのこ。削り氷にあまづら入れて、新しき金鋺に入れたる》と書かれます。薄い紫色の上に白を重ねた衣、「かりのこ」(鴨などの卵とされます)、そして削った氷に甘い蜜をかけて、新しい金属のお椀に入れたもの、という並びです。
この中で特に有名なのが、《削り氷にあまづら入れて、新しき金鋺に入れたる》の一節で、かき氷の原型のような食べ物が、「新しい金のお椀に入っている」という点で上品だと評価されています。氷という涼しげな素材と、まだ使われていない新品の器が組み合わさることで生まれる清潔感が、「あてなる」の条件として捉えられているのです。この章段は、さらに《水晶の数珠。藤の花。梅の花に雪の降りたる》と続き、白、透明、淡い色といった共通点を持つものが選ばれていることがわかります。
「心ときめきするもの」——期待のドキドキ
「心ときめきするもの」は、胸がどきどきするもの、期待で心が弾むものを挙げた章段です。《雀の子飼ひ。ちご遊ばする所の前わたりたる。よき薫物たきて一人臥したる。唐鏡の少し暗きに見たる》と始まります。雀の子を飼っていること、幼い子どもが遊んでいる所の前を通ること、よい香をたいて一人で横になっていること、中国渡りの鏡が少し暗い中でそれを見ること、などです。
この章段で面白いのは、「ときめき」の対象が、必ずしも恋愛や華やかなできごとではないことです。むしろ、一人でゆったりと香に包まれていること、少し暗い中で鏡をのぞくことなど、静かで私的な時間の中の高揚感が多く並んでいます。恋愛に関するものも含まれていますが、それも「立派な男性が、牛車を止めて取り次ぎを頼んでいる」といった、日常の一場面として描かれています。
「ありがたきもの」「ただ過ぎに過ぐるもの」
「ありがたきもの」は、現代語の「ありがたい(感謝したい)」ではなく、「めったにない、珍しい」という本来の意味で使われています。《舅にほめらるる婿。また、姑に思はるる嫁の君。毛のよく抜くる銀の毛抜き。主そしらぬ従者》と挙げられます。舅にほめられる婿、姑にかわいがられる嫁、毛がよく抜ける銀の毛抜き、主人の悪口を言わない従者、といった、「そうそうあるものではない」ものの列挙です。
また、「ただ過ぎに過ぐるもの」では、《帆かけたる舟。人の齢。春、夏、秋、冬》と、帆を張った舟、人の年齢、四季といった「あっという間に過ぎ去ってしまうもの」が並びます。短い言葉の中に、時間の不可逆さに対する鋭い感覚が込められています。「遠くて近きもの」に《極楽。舟の道。男女の仲》、「近うて遠きもの」に《宮のべの祭り。思はぬはらから、親族の仲》というように、逆説的な組み合わせを並べる章段もあり、言葉遊びとしての完成度も高いものです。
「ものづくし」の技法を分析する
これらの章段に共通する技法をまとめると、次のようになります。第一に、抽象的な評価ではなく、具体的な事物や動作を挙げることで、読み手に共感の足場を与えていること。第二に、並べるものの選び方が、「共通する性質」を示しつつも、予想外の組み合わせを含んでいること(人の齢と四季を同列に並べるなど)。第三に、短い断定と、ときおり挟まれる細かな描写の緩急によって、リズムが生まれていること、です。
長い説明を省いて、事物の名前を並べるだけで読者に想像させる、という引き算の技法でもあります。読み手が頭の中で自分の経験と結びつけることで、文章が完成するように作られているのです。
現代の創作に活かすなら
「うつくしきもの」のように、「かわいいもの」「落ち着くもの」「ときめくもの」を、自分なりの視点で書き出してみる、という練習は、登場人物の人柄を描く際にも役立ちます。キャラクターが「何を愛らしいと思うか」「何を上品と感じるか」は、そのまま人物像の輪郭になるからです。
次回は、これとは反対に、清少納言が「嫌い」「興ざめ」と感じたものを列挙した章段を読みます。好きなものを書くときよりも、さらに切れ味の鋭い観察眼が発揮されています。
参考文献
石田穣二(訳注)『新版 枕草子 上・下』角川ソフィア文庫
角川書店(編)『枕草子 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』角川ソフィア文庫
国文学研究資料館「新日本古典籍総合データベース」: https://kotenseki.nijl.ac.jp/