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『枕草子』第5回:定子サロンと「香炉峰の雪」

日記的章段とは

第3回、第4回で読んだ類聚的章段は、「ものづくし」という型を持った文章でした。これに対して、宮廷で実際に起きた出来事を、会話や場面描写を交えて物語のように描いた章段を「日記的(回想的)章段」と呼びます。『枕草子』のなかでも、とりわけ読み応えがあり、当時の宮廷の空気を生き生きと伝える部分です。

今回は、中宮定子のサロンでの様子を描いた章段から、特に有名な「香炉峰の雪」を中心に見ていきます。

「香炉峰の雪」——雪の朝の謎かけ

この場面は、《雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子まゐりて、炭櫃に火おこして、物語などして集まりさぶらふに》と始まります。雪がたいそう高く降り積もった日、いつもと違って御格子(窓の戸)を下ろしたまま、火鉢に火をおこして、お話などをしながら女房たちが集まっているところに、という状況です。

そこで定子が《少納言よ、香炉峰の雪いかならん》と問いかけます。「少納言よ、香炉峰の雪はどんなふうでしょう」という意味です。これを聞いた清少納言は、無言のまま御格子を上げさせ、御簾(すだれ)を高く巻き上げて、外の雪を見せました。それを見て、定子は笑ったといいます。

謎かけの正体——白居易の詩

この「香炉峰の雪」は、唐の詩人・白居易(はくきょい、白楽天)の漢詩を踏まえたやりとりです。『白氏文集』に収められた詩には《遺愛寺鐘欹枕聴 香炉峰雪撥簾看》という一節があり、「遺愛寺の鐘は枕を傾けて聴き、香炉峰の雪は簾を撥(かか)げて看る」と読み下されます。つまり、「簾を高く上げて、香炉峰の雪を眺める」という意味です。

定子は、この詩の内容を知っているはずの清少納言に、言葉で答えさせるのではなく、「簾を上げる」という行動で答えさせようとしたのでした。そして清少納言は、その意図を瞬時に理解して、実際に簾を上げてみせました。言葉にしなくても通じ合う、教養を共有した二人だからこそ成立する、洗練されたやりとりです。

周囲の反応と、清少納言の立ち位置

場面の最後で、周りの女房たちは、《さることは知り、歌などにさへうたへど、思ひこそよらざりつれ》、そのようなことは知っているし、歌にまで詠むけれど、とっさに思いつきもしなかった、と感心します。そして、やはりこの定子の宮に仕える人にはふさわしいのだろう、と評します。

ここで注意したいのは、この評価を記しているのが、他ならぬ清少納言自身であるという点です。自分の機転を得意げに書いているともとれる書き方で、実際に、後世の読者や同時代の人々の間でも、清少納言の「自慢話」と受け取られ、批判や反感を招く原因になったともいわれます。それでも、定子のそばにいた誇りと喜びが、素直に表れた場面として、今も多くの人に愛されています。

知的な遊びとしての、教養の見せ合い

「香炉峰の雪」のように、漢詩や和歌、古い故事を踏まえた問いかけに、即座に気の利いた答えを返す、というやりとりは、定子のサロンで日常的に行われていた遊びでした。『枕草子』には、他にも、『古今和歌集』の暗唱をめぐる逸話など、教養を競い合う場面が数多く描かれています。

重要なのは、これらのやりとりが、単なる知識の披露ではなく、場の空気や相手の意図を読み取る力を試すものだったことです。教養は、それを知っているだけではなく、その場で最もふさわしい形で使いこなしてはじめて評価されました。清少納言が定子から信頼された理由は、まさにこの「相手の意図を察する力」にあったと考えられます。

他の章段に見る、サロンの空気

日記的章段には、他にも多彩な場面があります。たとえば、一条天皇の飼っている猫「命婦のおとど」を追いかけた犬の「翁まろ」が、罰として打たれて追放されながら、後に戻ってきて、清少納言に呼ばれて涙を流す、という動物をめぐる話があります。笑いと哀れさが混じった描写で、定子のサロンの穏やかな空気がうかがえます。

また、雪の山を作って、いつまで溶けずに残るかを賭けて楽しんだ話や、季節の行事、天皇や貴族たちの来訪を迎える場面など、華やかな日常が次々と描かれます。これらの場面には、笑い、機知、美しい着物や調度の描写があふれ、宮廷生活の晴れやかな面だけが、きらびやかに切り取られています。

現代の創作に活かすなら

「香炉峰の雪」の場面が魅力的なのは、重要なやりとりを、説明ではなく、行動で見せているからです。登場人物の賢さや関係性を描くとき、「彼女は賢かった」と書くよりも、一つの具体的な行動に込めるほうが、読者の印象に強く残ります。

次回は、定子サロンを訪れる貴族の男性たちとの関係を描く章段を読み、恋愛や友情を含む、人と人との駆け引きを見ていきます。

参考文献

石田穣二(訳注)『新版 枕草子 上・下』角川ソフィア文庫

角川書店(編)『枕草子 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』角川ソフィア文庫

国文学研究資料館「新日本古典籍総合データベース」: https://kotenseki.nijl.ac.jp/

山本淳子『枕草子のたくらみ——「春はあけぼの」に秘められた思い』朝日選書、2017年