← ブログ一覧へ
🌊

ノアの箱舟 第4回:四十日四十夜の大洪水

第7章のあらすじ

主はノアに、家族とともに箱舟に入るよう告げます。そして、清い動物は七つがいずつ、清くない動物は一つがいずつ、空の鳥も七つがいずつ連れて入り、地の面に命を残すよう命じます。七日後に四十日四十夜、雨を降らせ、造ったすべてのものを地の面から消し去る、というのです。ノアは、主が命じたとおりにしました。

洪水が起きたとき、ノアは六百歳でした。ノアと妻、三人の息子とその妻たちは、洪水の水を避けて箱舟に入り、動物たちも、神が命じたとおり、雌雄二つずつノアのもとに来て箱舟に入りました。そして、その月の十七日に、大いなる淵の源がことごとく裂け、天の窓が開かれます。雨は四十日四十夜、地に降り続けました。水は増し、箱舟は浮かび上がり、ついには天の下の高い山々もすべて覆われます。地上で息をしていたものは、人も獣も鳥もことごとく死に絶え、ただノアと、箱舟の中にいたものだけが残りました。水は百五十日の間、地にみなぎっていました。

天の窓と、大いなる淵

洪水の始まりは、7章11節で次のように描かれます。欽定訳では、《the fountains of the great deep broken up, and the windows of heaven were opened》。大いなる淵の源が裂け、天の窓が開かれた、というのです。ここで思い出したいのは、『創世記』第1章の天地創造です。そこでは、神が水を上と下に分け、間に大空を置き、下の水を一か所に集めて乾いた地を現しました。

洪水は、この創造の秩序が巻き戻される出来事として描かれています。上の水が天の窓から落ち、下の水が深淵から噴き出して、分けられていた水が再び一つになる。世界は、創造の前の「水に覆われた状態」へ戻っていきます。単なる大雨ではなく、宇宙の構造そのものが崩れていく描写だと考えると、この物語の規模の大きさがよく分かります。

「主が戸を閉ざした」

ノアたちと動物たちが箱舟に入ったあと、7章16節の終わりに、短い一文が置かれています。欽定訳では《and the LORD shut him in》、つまり「主が彼の後ろで戸を閉ざした」です。戸を閉めたのはノアではなく、主自身でした。

この一文は、さまざまに読むことができます。神がノアを守るために自ら戸を閉じた、という保護のしるしとして読むこともできますし、もう後戻りはできない、という決定の重さを示すものとして読むこともできます。外の世界と箱舟の中が、この瞬間に完全に分けられたのです。巨大な出来事のただ中に、こうした小さな動作を一つだけ描くことで、場面に強い印象が刻まれています。

反復と列挙が生む迫力

第7章の文章には、同じ言い回しの繰り返しが多く見られます。動物を挙げるときには、「獣も、家畜も、地を這うものも、鳥も」と何度も列挙されます。水が「増した」「みなぎった」という言葉も、少しずつ形を変えながら繰り返され、そのたびに水位が上がっていきます。水は山々を覆い、さらに十五キュビト上まで達した、と描かれます。

日付の正確さも特徴的です。ノアの六百歳の年、第二の月の十七日という具体的な日付が示され、洪水は歴史の中の一回限りの出来事として刻まれます。これに対して、『ギルガメシュ叙事詩』では、嵐は六日七晩(訳によっては六日六晩)吹き荒れたとされ、神々さえも洪水を恐れて天に逃げ上ったと語られます。聖書の物語では、洪水を起こす神の側に恐れはなく、淡々とした言葉の繰り返しが、かえって逃げ場のない圧倒的な力を感じさせます。

洪水の時間の流れ

第7章には、時間に関する数字が集中しています。主がノアに箱舟に入るよう告げてから雨が降り始めるまでが七日。雨が降り続いたのが四十日四十夜。そして、水が地にみなぎっていたのが百五十日です。洪水が始まった日は、ノアの六百歳の年の、第二の月の十七日と記されています。

四十日と百五十日の関係については、二つの資料が組み合わされた結果だとする説明のほか、最初の四十日で水が増え、合わせて百五十日の間、水が地を覆っていた、と一続きに読む読み方もあります。いずれにしても、読者は「七日」「四十日」「百五十日」という段階を追うことで、洪水が一瞬の出来事ではなく、長く続く時間として体験されたことを感じ取れます。第8章の日付と合わせると、ノアたちが箱舟の中で過ごした期間は、およそ一年に及びます。

「消し去る」という言葉の重み

洪水によって、地の上で動いていたすべての肉なるもの、鳥も家畜も獣も地に群がるものも、そしてすべての人も死にました。欽定訳の7章21節は《all flesh died that moved upon the earth》と、それを短く告げます。続く7章23節では、地の面にいたすべてのものが「消し去られた」と語られます。

この「消し去る」と訳される言葉は、6章7節で主が、人を地の面から消し去ろうと決めたときに使われたのと同じ言葉です。もとの意味は、書かれたものを拭って消すようなことを表します。第6章で口にされた決定が、第7章で文字どおり実行されたことが、同じ言葉の繰り返しによって示されているのです。決定と実行を同じ言葉で結ぶことで、物語は、洪水が神の意志どおりに起きた出来事であることを強調しています。

世界の洪水伝説と、考古学の発見

洪水によって世界が滅び、少数の人々が生き残るという物語は、メソポタミアだけでなく、世界の各地に伝わっています。古代ギリシャには、ゼウスが起こした洪水を、デウカリオンとピュラの夫婦が箱舟で生き延びる神話があり、インドにも、魚に導かれたマヌが洪水を生き延びる物語があります。

20世紀には、ノアの洪水の痕跡を考古学的に探す試みも行われました。1929年、イギリスの考古学者レオナード・ウーリーは、メソポタミアの古代都市ウルの発掘で厚い洪水の堆積層を見つけ、聖書の洪水と結びつけて発表しました。しかし、その後の研究では、これはこの地域で繰り返し起きていた大河の氾濫の跡の一つと考えられるようになり、世界全体を覆った洪水の証拠とはみなされていません。物語の背景に、大河の氾濫に悩まされてきたメソポタミアの人々の記憶があった、と考える研究者は多くいます。

小説を書く人にとっての学び

この章から学べるのは、大災害を描くときの「言葉の選び方」です。形容詞を重ねて悲惨さを強調するのではなく、同じ動詞を繰り返し、少しずつ状況を進めていく。読者は、水位が上がっていくのを一歩ずつ見せられることで、逃げ場のなさを体で感じます。感情を語るより、事実を積み重ねるほうが、時に強い効果を生みます。

もう一つは、大きな場面の中に、小さな動作を一つだけ置くことです。「戸を閉ざした」という一文があるからこそ、箱舟の中と外の境目がはっきりし、読者は箱舟の中に視点を移すことができます。群衆や世界全体を描く場面では、焦点を合わせる一つの具体的な動作を探してみてください。次回は、水が引き始め、カラスと鳩が放たれる第8章を読みます。

参考文献

The Holy Bible, King James Version, 1611(英語訳。Project Gutenberg: https://www.gutenberg.org/ebooks/10)

『聖書 聖書協会共同訳』日本聖書協会、2018年

『聖書 新共同訳』日本聖書協会、1987年

関根正雄(訳)『旧約聖書 創世記』岩波文庫、1956年

Robert Alter, Genesis: Translation and Commentary, W. W. Norton, 1996

月本昭男(訳)『ギルガメシュ叙事詩』岩波書店、1996年

Andrew George (trans.), The Epic of Gilgamesh, Penguin Classics, 1999