ノアの箱舟 第6回:虹の契約
第9章1〜17節のあらすじ
神はノアと息子たちを祝福し、産めよ、増えよ、地に満ちよと告げます。地のすべての獣や空の鳥は人を恐れるようになり、それらは人の手に委ねられます。神は、青草と同じように、生きて動くものをすべて人の食べ物として与えます。ただし、命である血を含んだままの肉を食べてはならない、と付け加えます。さらに、人の血を流す者は、人によってその血を流される、と告げ、その理由として、神が自分のかたちに人を造ったことを挙げます。
続いて神は、ノアと息子たち、そしてその子孫だけでなく、箱舟から出たすべての生き物と契約を立てると宣言します。二度と洪水によってすべての肉なるものが滅ぼされることはなく、地を滅ぼす洪水は二度と起こらない、という約束です。そして、その契約のしるしとして、雲の中に虹を置く、と告げます。雲が地を覆い、雲の中に虹が現れるとき、神はこの契約を思い起こし、水が再びすべての肉なるものを滅ぼす洪水となることはない、というのです。
創造のやり直しとしての祝福
「産めよ、増えよ、地に満ちよ」という言葉は、『創世記』第1章で、神が最初の人間に与えた祝福とほぼ同じです。洪水によって創造前の水の世界へ巻き戻された地上が、ここで改めて人に委ねられます。ノアは、第二のアダムのような位置に立っているわけです。
ただし、最初の創造と同じではありません。第1章では、人と動物に与えられた食べ物は植物でしたが、ここでは肉を食べることが許されます。同時に、動物は人を恐れるようになり、人の命を奪うことへの厳しい掟が定められます。世界は元に戻ったのではなく、暴力が存在する現実を前提にして、それに歯止めをかける新しい秩序として再出発しているのです。第6章で地を満たした「暴虐」への答えが、ここに示されていると読むこともできます。
すべての生き物と結ばれた契約
この契約の特徴は、相手が人間だけではないことです。神は、ノアたちとその子孫に加えて、鳥も家畜も地の獣も、箱舟から出たすべての生き物と契約を結ぶと繰り返し述べています。しかも、この契約には、人の側が守るべき条件がついていません。どれほど人の心が悪に傾いても、神の側から洪水で地を滅ぼすことはしない、という一方的な約束です。
のちに聖書の中では、アブラハムとの契約、シナイ山でのモーセを通した契約など、特定の民との契約が語られていきます。ノアとの契約は、それらに先立つ、すべての命を対象にした最初の契約として位置づけられます。第3回で触れたように、「契約」という言葉は第6章ですでに予告されていました。物語の初めに置かれた約束が、洪水を経て、ここでようやく果たされるのです。
虹というしるし
契約のしるしとして選ばれたのは、虹でした。欽定訳では、9章13節が《I do set my bow in the cloud》、「わたしは雲の中にわたしの弓を置く」と訳されています。ヘブライ語で虹を表す言葉は、戦いに使う「弓」と同じ語です。そのため、神が戦いの弓を空に掛けて、もう人に向けて引かないことを示した、という解釈がよく紹介されます。
もう一つ興味深いのは、虹を見て契約を「思い起こす」のが、人ではなく神だとされていることです。雲の中に虹が現れると、神がそれを見て、すべての生き物との契約を思い出す。第8章の「神はノアを覚えていた」という転換点と、ここで再び「覚える」という言葉が響き合っています。雨のあとに必ず現れる自然の現象に、約束の意味を重ねることで、読者は空に虹を見るたびに、この物語を思い出すことになります。
肉を食べる許可と、血の禁止
第9章3〜4節で、神は動くものをすべて人の食べ物として与えますが、命である血を含んだままの肉を食べることは禁じます。命は血の中にある、という考え方は、のちの『レビ記』や『申命記』の食物に関する規定にも受け継がれ、ユダヤ教の食事の決まりの土台の一つになりました。
ユダヤ教の伝統では、ノアとその子孫、つまりイスラエルの民に限らない全人類に与えられた基本的な掟として、「ノアの七つの掟」がまとめられてきました。偶像崇拝や殺人、盗みなどを禁じ、裁判の制度を設けることを求めるもので、生きている動物から取った肉を食べることの禁止もその一つに含まれます。第9章の短い言葉は、後の時代に、すべての人間に共通する倫理を考えるための出発点として読まれてきたのです。
「神のかたち」に造られた人
9章6節で、人の血を流す者は人によってその血を流される、と告げられたあと、その理由が添えられます。神は自分のかたちに人を造ったからだ、というのです。これは、『創世記』第1章で人が神のかたちに創造されたと語られた言葉を、もう一度呼び起こすものです。
洪水の前、地は暴虐に満ちていました。洪水のあとの世界で、神はまず、人の命を奪うことに対する厳しい掟を定め、その根拠として、人が神のかたちを持つ存在であることを改めて示します。人間の悪が変わっていないことを認めたうえで、それでも一人ひとりの命には侵してはならない価値がある、と宣言しているのです。暴力の存在を前提にしながら、命の尊さを確認する。この順序に、洪水後の世界の新しい秩序が表れています。
七回繰り返される「契約」
9章8節から17節までの短い段落の中で、「契約」という言葉は七回も繰り返されます。「すべての肉なるもの」「生きているすべてのもの」といった言葉も、何度も重ねて使われます。同じ言葉を繰り返す語り口は、第7章で洪水の水が増していく場面と同じですが、ここでは繰り返しが、破壊ではなく約束の確かさを強める方向に働いています。
聖書の中で「七」は、天地創造の七日間に見られるように、完全さや区切りを表す数としてしばしば用いられます。七回の繰り返しが意図的なものかどうかは断定できませんが、洪水の物語が、創造の物語と響き合うように組み立てられていることを考えると、偶然とは言い切れない重みを感じさせます。言葉の繰り返しで、文章そのものが契約の固さを表しているのです。
小説を書く人にとっての学び
この場面から学べるのは、象徴の使い方です。虹は、作者が新しく作り出したものではなく、誰もが知っている自然の現象です。そこに約束の意味を重ねることで、物語の外の現実にまで意味が広がり、読者の日常の中で物語が何度もよみがえります。作品の中で何かを象徴にするときは、読者の身近にあって、繰り返し目にするものを選ぶと、強い印象を残せます。
もう一つは、物語の初めに置いた言葉を、結末で回収することです。「契約」は第6章で予告され、第9章で虹とともに果たされました。「覚える」という言葉も、転換点と結末をつないでいます。長い物語では、序盤で使った言葉や小道具を、終盤で意味を深めて再登場させることで、読者に「つながった」という満足感を与えることができます。次回は、物語の最後に置かれた、ノアのぶどう畑の出来事を読みます。
参考文献
The Holy Bible, King James Version, 1611(英語訳。Project Gutenberg: https://www.gutenberg.org/ebooks/10)
『聖書 聖書協会共同訳』日本聖書協会、2018年
『聖書 新共同訳』日本聖書協会、1987年
関根正雄(訳)『旧約聖書 創世記』岩波文庫、1956年
Robert Alter, Genesis: Translation and Commentary, W. W. Norton, 1996
月本昭男(訳)『ギルガメシュ叙事詩』岩波書店、1996年
Andrew George (trans.), The Epic of Gilgamesh, Penguin Classics, 1999