『竹取物語』第3回:龍の首の珠と、燕の子安貝
大納言大伴御行と「龍の首の珠」
四人目の大納言大伴御行に課されたのは、龍の首にあるとされる五色に輝く珠を持ち帰ることでした。大伴御行はこの難題に真っ向から挑み、家来たちに命じて実際に船を出させ、龍を探し求めて海へと繰り出させます。しかし龍などそう簡単に見つかるはずもなく、家来たちは長い航海の末、激しい嵐に見舞われて命からがら逃げ帰ってくることになります。
それでも諦めきれない大伴御行は、ついに自ら船に乗り込み、龍を探しに出てしまいます。すると船は大嵐に遭い、雷鳴がとどろく中、大伴御行は「龍を殺そうとした罰でこの嵐に遭っているに違いない」と恐れおののき、神仏に向かって「もう二度と龍には近づきません、お許しください」と必死に祈ります。嵐がおさまり命からがら岸に打ち上げられた大伴御行は、ひどい顔つきで腹は膨れ、すっかりやつれ果てた姿になっていました。これ以降、大伴御行は《あな、たへがた》(ああ、たまらない、耐えがたい)という言葉を漏らしたことから、思うようにいかずつらい思いをすることを《あなたへがた》と呼ぶようになった、という言葉遊びが添えられています。
中納言石上麻呂と「燕の子安貝」——命がけの結末
五人目の中納言石上麻呂に課されたのは、燕が産むとされる《子安貝》という貝を持ち帰ることでした。安産のお守りになるとされるこの貝を、燕が産卵のときに持っているという言い伝えを頼りに、石上麻呂は家来たちに命じて、燕の巣をくまなく探させます。しかし思うように見つからず、石上麻呂はついに自ら、高いやぐらを組んで燕の巣に手を伸ばし、直接貝を探ろうとします。
やぐらの上で燕の巣に手を入れた石上麻呂は、何かをつかんだ手応えを感じますが、その拍子にバランスを崩し、やぐらから真っ逆さまに転落してしまいます。つかんでいたものを確かめると、それは子安貝ではなく、燕の糞にすぎませんでした。しかも転落の際に腰を強く打ってしまい、石上麻呂は床に臥せる重傷を負うことになります。かぐや姫はこの顛末を聞いて見舞いの歌を送りますが、石上麻呂はその後まもなく、傷がもとで亡くなってしまいます。五人の難題の中でも、唯一命を落とす結末を迎える、もっとも痛ましいエピソードです。
五人の失敗が意味するもの
五人の貴公子たちの顛末を振り返ると、粗末な偽物ですり替えようとした石作皇子、精巧な偽造品を用意した車持皇子、商人の嘘をそのまま信じた阿倍御主人、命の危険を顧みず自然の脅威に立ち向かった大伴御行、そして実際に命を落とすことになった石上麻呂と、難題への向き合い方も結末の重さも五者五様に描き分けられています。
単に「全員が失敗する」という同じ結末を繰り返すのではなく、誠実さや知恵、勇気、運の有無といった人間性の違いを、一人ひとり異なる挿話として対比的に描き出している点が、このエピソード群の技巧的な見どころです。地上でどれほど身分が高く、権勢や財力を誇る貴公子であっても、この世に存在しない(あるいは極めて手に入れがたい)宝物を前にしては、誰ひとりとして本物を持ち帰ることができません。この「誰も成し遂げられない」という結末の積み重ねそのものが、かぐや姫という存在が地上の価値基準では手が届かない、特別な存在であることを静かに裏付けていく構成になっています。
次回は、五人の貴公子たちの求婚が尽く失敗に終わったのちに訪れる、時の帝自身によるかぐや姫への求婚を詳しく見ていきます。
参考文献
室伏信助(訳注)『新版 竹取物語―現代語訳付き』角川ソフィア文庫、2001年
角川書店(編)『竹取物語(全)』角川ソフィア文庫 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典、2001年
Japanese Text Initiative, University of Virginia Library「竹取物語 Taketori monogatari」: https://jti.lib.virginia.edu/japanese/taketori/
The Ohio State University「竹取物語 Taketori Monogatari」: https://cjp.asc.ohio-state.edu/books/taketori-monogatari/about