『竹取物語』第5回:月への帰還と、富士山の由来
月を見て物思いにふけるかぐや姫
帝との文のやり取りが続いていたある年の春、かぐや姫は夜ごと、月を見上げては深く物思いに沈むようになります。周囲の者が不審に思うほど、その様子は尋常ではありませんでした。秋になり、月がいっそう美しく澄みわたる季節になると、かぐや姫はひとり縁側に出ては涙を流し、ひどく思い詰めた様子を見せるようになります。心配した翁が理由を尋ねると、かぐや姫はついに、心の内に秘めていた事情を語り始めます。
自らが月の都の人であると明かす
かぐや姫は、自分は本来この地上の者ではなく、月の都に住む者であること、そして何らかの罪を犯した罰として、しばらくの間この地上に遣わされていたことを打ち明けます。そしてその期限がまもなく訪れ、今度の中秋の満月の夜に、迎えが来て月へ帰らなければならないと告げるのです。
これまで、なぜかぐや姫が五人の貴公子の求婚を退け、帝の求婚にさえ靡かなかったのか、その理由は明かされていませんでした。しかしここに至って、かぐや姫がそもそも地上の身分や権力とは異なる物差しで生きる、月の都の住人であったことが明らかになります。物語の冒頭、光る竹の中から現れたという出自や、尋常でない成長の速さ、並外れた美しさといった数々の不思議は、すべてこの一点に向けて静かに伏線として積み重ねられていたことが、ここで読者にもはっきりと分かる仕掛けになっています。翁夫婦はこの話を聞いて深く嘆き悲しみ、かぐや姫を手放すまいと心を痛めます。
帝、二千人の兵を遣わすが…
かぐや姫が月へ帰ってしまうという話は、翁を通じて帝の耳にも届きます。かぐや姫を失いたくない帝は、満月の夜、翁の屋敷の周囲に二千人もの兵を配置し、月からの使者を力ずくで阻止しようとします。屋根の上にも弓矢を構えた兵が並び、屋敷は厳重に守りを固められました。
しかし満月が中天にかかる頃、空から雲に乗った月の使者たちの一団が現れると、地上の兵たちの弓矢はまるで力を失ったかのように効かなくなってしまいます。体が金縛りにあったように動かせなくなる者まで現れ、これほどの軍勢をもってしても、天からの使者を阻むことはまったくできませんでした。人間の武力がどれほど強大であっても、月の都の力の前では無力であるという対比が、この場面で鮮やかに描かれています。
天の羽衣と、かぐや姫の心変わり
月の使者は、かぐや姫に《天の羽衣》を着せようとします。この羽衣を一度でも身にまとうと、人は地上での感情や記憶をすべて失ってしまうとされていました。かぐや姫は、羽衣を着る前に、お世話になった翁への感謝の手紙と、帝への手紙、そして不死の薬をひと壺、それぞれ書き残しておきたいと使者に願い出て、しばしの猶予をもらいます。
かぐや姫は翁への手紙に、これまでの慈しみへの感謝と、自らの意志で去るのではなく天の定めによって帰らねばならないことへの無念を綴ります。帝へは、お別れの和歌とともに、不死の薬を壺に入れて託します。手紙を書き終えたかぐや姫は、ついに天の羽衣をまとい、月の使者とともに、空へと昇っていきました。
不死の薬の行方——富士山の名の由来
かぐや姫が月へ去ったのち、帝のもとには、かぐや姫からの手紙と不死の薬が届けられます。しかし帝は、かぐや姫のいないこの世でいつまでも生き永らえても意味がないと考え、その薬を飲むことを拒みます。そして家臣に命じ、この薬を、この国でもっとも天に近い山——駿河国にあるという高い山の頂上で燃やすよう命じます。
命を受けた使者は大勢の兵士を引き連れてその山に登り、頂上で不死の薬を焼きました。この出来事から、士(兵士)に富む山という意味で、あるいは不死の薬を燃やしたことにちなんで、この山は《ふじの山》(富士山)と呼ばれるようになったと物語は結んでいます。そして、この山からは今もなお、薬を燃やした煙が立ち上り続けていると語られ、物語は幕を閉じます。帝の求婚からすら逃れていったかぐや姫が残した「不死の薬」を、帝自身が意図的に燃やし尽くすという最後の場面は、不老不死という永遠の願いと、かぐや姫を失った喪失感とが鋭く対比される、印象深い結末になっています。
参考文献
室伏信助(訳注)『新版 竹取物語―現代語訳付き』角川ソフィア文庫、2001年
角川書店(編)『竹取物語(全)』角川ソフィア文庫 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典、2001年
Japanese Text Initiative, University of Virginia Library「竹取物語 Taketori monogatari」: https://jti.lib.virginia.edu/japanese/taketori/
The Ohio State University「竹取物語 Taketori Monogatari」: https://cjp.asc.ohio-state.edu/books/taketori-monogatari/about