『竹取物語』第6回:考察——かぐや姫の「罪」と構造
これまでのあらすじを振り返って
ここまで5回にわたり、光る竹から生まれたかぐや姫の誕生から、五人の貴公子による求婚の失敗、帝の求婚すら退ける姿、そして月への帰還と富士山の由来までを詳しく辿ってきました。最終回となる今回は、物語全体を振り返りながら、『竹取物語』がなぜこのような構成で語られているのか、そしてなぜ千年以上の時を超えて読み継がれてきたのかを考察していきます。
日本最古の物語文学という位置づけ
『竹取物語』は、紫式部が『源氏物語』の中で《物語の出で来はじめの祖(おや)》と評したことで知られる通り、現存する日本の物語文学の中でもっとも古い作品のひとつとされています。成立年代や作者は分かっていませんが、文中に見られる貴族社会への風刺や、漢学の知識を踏まえたと思われる描写から、当時の知識人——おそらくは男性の文人——によって書かれたのではないかと推測されています。かな文字によって書かれた「物語」という文学形式そのものが生まれて間もない時期に、これほど完成度の高い構成を備えた作品が成立していたという事実は、日本文学史における『竹取物語』の重要性を物語っています。
かぐや姫の「罪」とは何だったのか
かぐや姫は月の都で何らかの「罪」を犯し、その罰として地上に下されていたと語られますが、物語本文ではその罪の具体的な中身は明かされないまま終わります。この空白は、後世の読者や研究者の間で様々な解釈を生む余地を残してきました。地上の人間との関わりそのものが罪であったとする説や、月の秩序に背く何らかの行いを示唆しているとする説など、解釈は一つに定まっていません。
重要なのは、罪の中身が具体的に説明されないことで、かぐや姫というキャラクターに「地上の価値観では測れない、謎めいた気高さ」が保たれ続けている点です。もし罪の中身が些細な失敗として具体的に描かれていれば、かぐや姫という存在の神秘性はいくらか損なわれていたかもしれません。説明しすぎないことによって気高さや謎めいた魅力を保つという技法は、現代の物語創作においても参考になる考え方です。
五人の求婚者というモチーフの意味
五人の貴公子に無理難題を課して退けるという構成は、「難題求婚譚」と呼ばれる説話の類型にあたります。同じ形式の試練を複数の人物に課し、それぞれの対応や結末に違いを持たせることで、求婚者たちの人間性(誠実さ、狡猾さ、勇気、運の善し悪しなど)を対比的に描き出す手法です。石作皇子の安易なすり替え、車持皇子の周到な偽装、阿倍御主人の軽率な信用、大伴御行の無謀な勇敢さ、そして石上麻呂の命を落とすほどの執着——これらは単なる繰り返しのギャグではなく、当時の貴族社会に対するある種の風刺として読むこともできます。身分が高く権勢を誇る貴公子たちが、こぞって見栄や欲、功を焦る心によって失敗していく様子は、地位や財力だけでは決して本物の価値を手に入れられないという、物語全体を貫く価値観を浮かび上がらせています。
帝でさえ靡かせられなかった理由
五人の貴公子が偽物や策略によって退けられたのに対し、帝に対してはそもそも難題すら課されず、ただ静かに、しかし一貫して拒まれ続けます。この違いは、かぐや姫というキャラクターの一貫性を際立たせる役割を果たしています。もしかぐや姫が帝の権力や誠実な求愛にほだされて心を動かされていたら、「地上の価値観では測れない存在」という設定そのものが揺らいでしまいます。この国で最高の権力者である帝でさえ応えてもらえないという結末があるからこそ、終盤で明かされる「かぐや姫は月の都の住人である」という正体が、読者にとって強い説得力を持って受け止められるのです。
「不死」と「死」——富士山伝説が加わることの意味
物語の結末で、帝が不死の薬をあえて燃やしてしまうという展開は、単なる後日談以上の意味を持っています。不老不死という、人間が古来もっとも強く望んできた願いを目の前にしながら、帝はそれを自ら手放すことを選びます。愛する者を失ったまま永遠に生き続けることに、帝は意味を見出せなかったのです。
この挿話が、実在する富士山という具体的な地名の由来譚と結びつけられている点も見逃せません。物語の最後に、現実の地理や景観(山頂から立ち上る煙)と結びつく由来譚を添えることで、荒唐無稽な空想の物語であったはずの『竹取物語』が、読者の暮らす現実の世界とひとすじにつながっているかのような実感を生み出しています。遠い月の都の出来事として語られてきた物語が、最後の最後で自分たちの足元にある風景と地続きになる——この構成上の工夫が、物語全体に忘れがたい余韻を残しています。
民俗学から見た『竹取物語』
『竹取物語』はしばしば、昔話や説話の研究とも結びつけて論じられてきました。民俗学者の柳田国男は、著書『昔話と文学』の中で、各地に伝わる「竹伐爺(たけきりじじい)」のような昔話と『竹取物語』との関係を取り上げ、語り継がれてきた口承の説話が、文字による物語文学へと形を変えていく過程について論じています。異常な出生譚、難題を課して求婚者を退ける求婚譚、そして人間とは異なる世界から訪れた者がやがて元の世界へ帰っていくという類型——これらは『竹取物語』だけに固有のものではなく、日本各地、あるいは世界各地の説話に広く見られるモチーフでもあります。古くからある語りの型を踏まえながら、それを一つの完成された物語として構築した点にこそ、『竹取物語』の文学的な達成があるといえるでしょう。
現代に読み継がれる理由
『竹取物語』が千年以上の時を超えて読み継がれてきた理由は、ひとつには、これまで見てきたような構成の巧みさにあります。冒頭に伏せられた正体が終盤で明かされる構成、難題求婚譚による人物の書き分け、身分や権力では測れない価値観の提示、そして現実の地名と結びつく結末——これらはいずれも、現代のファンタジー作品や群像劇にもそのまま通じる、物語作りの普遍的な技法です。
もうひとつの理由は、かぐや姫というキャラクターが、地上のあらゆる価値観(富、権力、誠実さ、勇気)によっても動かすことのできない存在として一貫して描かれながら、それでいて翁夫婦との別れを深く悲しみ、涙を流す人間的な一面も併せ持っている点にあります。超常的な存在でありながら、情を持つ——この相反する二つの側面を同時に抱えたキャラクター造形こそが、かぐや姫を単なる説話上の記号ではなく、千年を超えて読者の心に残り続ける、ひとりの印象深い人物にしているのではないでしょうか。
参考文献
室伏信助(訳注)『新版 竹取物語―現代語訳付き』角川ソフィア文庫、2001年
角川書店(編)『竹取物語(全)』角川ソフィア文庫 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典、2001年
柳田国男『昔話と文学』角川ソフィア文庫(新版)、2013年
Japanese Text Initiative, University of Virginia Library「竹取物語 Taketori monogatari」: https://jti.lib.virginia.edu/japanese/taketori/
The Ohio State University「竹取物語 Taketori Monogatari」: https://cjp.asc.ohio-state.edu/books/taketori-monogatari/about